【 苦痛と幸福の日々 】 初出-拍手お礼小説


炎が遠くで輝いていた。
眩しい。その明るさが私の目を焼くように眩く光り、胸がドクンっとなる。
(もう、目をあけてもいい? こわいおと、もうならない?)
何ひとつ分からなかった。一体、何が起こったのか。
ただ。そう、ただ・・・。
大好きなお父さんとお母さんが、私をドンって押したの。
ビックリしたし、掴まれた肩と押された背中が痛かったこと。
そう、そして目の前のドアを閉じたことはハッキリと覚えている。

「い~い? このドアさんが可哀相でしょ。見えなくてもね、イタイって泣いてるの。だからね、そ~っと、静かに。ゆ~っくり、ほら、こうやって閉じてあげてね」
お母さんのその「オコゴト」は毎日のように聞かされていたので私は思った。
(なんで、お父さんとお母さん、いつも言ってることと、ハンタイのことしたの? ねえ、なんで、なんで私のこと、・・・じゃまにするの?)
わかんないよ。どうして、お父さんとお母さんがいる部屋から大きな音がするんだろう。
何で、だれかが倒れたような、ドカって音がしたんだろう。 
(や、だっ。なんで、こんなにこわいのっ。おかしいよっ! だって、ここは・・・。ここは、私の、おうち、なんだよ?)
閉じられたドアの隙間から幾筋かの光が入っていた。
それでも幼い私には暗闇が全てを覆っているように思えた。

▲▲▲

あの日の夢を見た。今はもう遠い、あの日の夢を。
家族と住む家は普段通りに朝を迎えていた。
何ひとつ変わらなかった。
そう、あの黒い馬車が来るまでは。

「誰か来たみたいよ、貴方。・・・見たことない人達だわ」
「今日は誰とも約束などしていないがなぁ。う~ん、誰か道に迷ってウチに聞きに来たんじゃないか?」
のんびりした両親の言葉に私は何の不安も感じなかった。
「あら、まあ。何もこんな辺鄙な所に迷い込まなくてもいいのにねぇ」
近付いて来るという人達が見たくて、両親の後ろで窓の方へとピョコピョコ飛び跳ねていると、母が呆れたような目で見て言った。
「何ですか、落ち着きのない。レディはもっと淑やかになさい!」
しょっちゅう言われる、この『レディ』って何だろう、と父を見上げて目で尋ねてみる。
父はクスクスと笑って答えず、乱れてしまった私の髪の毛を撫でてきた。
「お父さん、何で笑ってるの? レディってヘンなものなの?」
真面目に聞いた私に、父は頷きながら愉快そうに笑った。
私の頭に手を置いたまま、そうだよ、と言うように。

「もう、貴方! しつけのジャマをしないでくださいな」
目を尖らせて怒った母が怖くて、私は急いで走って逃げた。
必要のないモノを集めて置いてある部屋の中へと。
先刻まで父と母がゴソゴソ片付けをしていた場所へ入り込んだのだ。
母の手が届かないようにドアを閉め、且つ『お許し』が出た時の為に少しだけ隙間を開ける。
「もうっ」
「おっ、我らがお姫さまは安全な場所へと逃げてしまったか」
ブツブツと何か呟いて歩く母の後を、父がのんびりと追って玄関へと向かうのが見えた。
扉を開けたのだろう、私の居る場所にも外の光が差し込んできた。
けれども、その光は一瞬で消えてしまう。
そう、何故か慌てて戻って来る両親の影によって。

そのあとは、確か・・・。
(ダメよっ、ダメ! ダメっ!! 早くっ、早くこっちにっ!)
自分自身の叫ぶような悲鳴を聞いて、私は目を開けた。
細かく震える身体をじっとすることで抑え、それから指の強張りが解けるのを待ってゆっくりと起き上がった。
寝汗が背中にビッシリと出ていて、ネグリジェがピタっと貼り付く感触が気持ち悪い。
小さく痙攣する左手を右手で押さえ、ぎゅ~っと握った。
(大丈夫。もう、大丈夫だから。早く治まって・・・)
暫らくの間、その状態のまま動かずにいたところ、何とか左手の震えが治まってくれた。
ホっとし、小さく溜息を吐く。

目を部屋の中へと向け、誰も、自分を害するモノがいないことを確かめた。
(馬鹿よね、私。ここは世界で唯一、心から安心出来る場所なのに)
上掛けを剥ぎ、ベッドから足を床へと下ろした。
フワフワの絨緞が優しく私を受け止めてくれる。
その感触を楽しみながら廊下への扉を開けた。
ドアを開いてすぐ、この家でメイド長をしているブレランスさんが私に気付き、穏やかな声で挨拶をしてくれた。
「おはようございます。エネット様」
「おはようございます。お養父様(とうさま)は、もう起きて・・・ますよね」
「はい。食堂でお待ちですよ」
静かに微笑みながら急ぐよう目で促す彼女に、コクンと頷いて養父の待つ食堂へと向かった。


廊下全てに、自室とは質の違う、けれど同じように足裏に優しい絨緞が敷きつめられていた。
その上を、私はゆっくりと静かに歩いて行く。
亡き母の言葉を実践するように。
そう、淑女は、たとえ急いでいても走ってはいけないのだ。
ましてや、ここは。
この大きな屋敷の持ち主は、宰相という地位についているのだから。
その養女として、私、エネット・アマイジャーは、彼の評判を落してはならない。絶対に。

それでも養父を待たせるのは気が引けて、私は足早に歩いて行く。
(もう、何でこうも広いのかしら。私とお養父様だけなのに)
毎日のように呟いてしまう屋敷の広さ。廊下に居並ぶ使用人の数々。
立ち止まって頭を下げている彼らの横を通り過ぎた。
勿論、軽く頭を下げてそれに応えながらだ。
食堂に入った私に養父が気付き、書類から顔を上げた。
見終わったのだろうか、書類をテーブルの脇に立っていた秘書へと渡していく。
「後で資料を部屋に。 ・・・エネット、こちらへ」
椅子の上で身体を私の方へと動かし、義父は両手を大きく広げて私を誘った。
穏やかな表情で、ニッコリと微笑みながら。

私は飛び付くように、その養父の腕の中へと収まった。
抱き締められて葉巻の匂いと男くさい臭いに心が安らぐのを感じた。
まるで、亡き父に抱き止められた幼い日のようだと。
ここに居ても許される。自分は養父に好かれているのだと実感出来た。
「おはよう」
その言葉と共に、私の額、頬、そして唇へと、養父の唇が当てられた。
毎日のことなのに、今日もそれらに顔を真っ赤にして恥ずかしがると、クスクスと面白そうに笑われてしまった。
「お、はようございます。お養父様」
小さく呟くように挨拶した私の身体を、なおもクスクス笑いながら養父が軽く離した。
目線で動かないように私を縫い止めると、背後に立っていたメイド達に命じた。
「さてと。着替えに入ろうか」
主人の命令に従い、彼女達が次から次へと服を運び入れてくる。
選択できるようにと装飾品も多数取り揃えて持ち込まれていた。

全部が揃う頃には、私は養父の手で服を脱がされ、全裸になっていた。
下着から全て養父の選んだ衣装で過ごすのが、彼の決めたルールだった。
この屋敷に引き取られた私に課せられたものの一つ。
だから、私は逆らわなかった。養父に捨てられたくなかったから。
彼は私を、あの日の出来事で怯えて言葉も出せなくなった私を養女にし、教育を施してくれた恩人だ。
部下だった父とその妻子の悲劇を知り、一番に駆け付けて救出してくれた人。

7歳になった私と、37歳になる父の元上司。
彼は、引き取ってから半年後、ようやく話せるようになった私に尋ねてきた。
「君の望みはなんだい」
望み。それが何なのか分からなかった。
けれど、何になりたいかは決まっている。
「お、母さんと、・・・おんなじ、の。レ、レ、レディ・・・です」
「そうか」
ニッコリ笑った彼は、背後に立っていた秘書に私の教育を任せる人物の選定に入るよう命じた。
「私が君を、誰が見てもレディだと羨むようにしてあげよう」
だから頑張りなさい、と私の目を見つめてくる。
その穏やかな眼差しが両親と同じだと感じた私はコクンと頷いた。
大きな腕が、いい子だと頭の天辺を撫でてくれる。
それが嬉しくて、父に撫でられているような気がして目から涙が零れた。
慰めるように彼の唇が、優しく頬を、涙の跡を舐めていく。
やがて、それが唇に押し当てられても、私は彼の温もりに、暖かい大人の体温に拒むことなど考えられなくなっていた。
そう、あの瞬間から、私は彼の行為全てを、自分から進んで受け入れることが当たり前になったのだ。


髪飾りとして白い生花を選び、紫色の靴を履かせた男は、自分の美しい養女を何度も何度もクルリと回らせては、その出来映えを確認した。
どこからどう見ても、少女は清楚だった。
彼の若い頃からの望み。それは、大人しくて自分に従順で、且つベッドでは恥じらいながらも乱れ喘ぐ妻を娶ること。
少女は、まさにその望みを具現する者として仕上げられつつあった。

▲▲▲

白い頭巾を被った赤いマント姿の少女が母親に尋ねている姿を、幼子は乳母のスカートを握り締めて盗み見ていた。
「おくさん? ってなあに~~」
「しぃっ、静かにしてね、いい子だから。・・・ほら、あちらを向いてちょうだい」
幼子には何が行われているのか分からなかった。ただ、大勢が集まっていて困惑するばかり。
少女が自分の方を見て不思議そうな顔をすることに微かな恐怖さえ覚えた。
一族の当主である父親の後継ぎだった幼子の周囲には、彼をじっくりと眺める者など両親と乳母だけだったからだ。

3歳の誕生日を過ぎた頃、幼子には正式に従姉妹が伴侶として定められた。
事前の顔合わせが上手くいった、というよりも少女の父親が懇願しての成立だったらしい。
商才もないのに幾つもの土地で投資をして、そのすべてが失敗し返済の為の借金すら出来ないほど追い詰められていたようだ。
男の子供が次期当主の嫁になるなら借金について考えてもいい、と耳を傾けてくれそうな男が一人見つかったので、それほど仲も良くない当主を訪ねて拝み倒したのだ。

その後、従姉妹とその両親は、伴侶に選ばれた理由によって幼子の両親から見下され続けた。
美人で明るい女性に成長してからも、一族からは世間に知られなければ何をしてもいい存在として認識され、一族間の集まりでも消極的な態度しかとる者はいなかった。
「父上っ、本気でおっしゃっているんですか。自分の妻になる人なんですよ、彼女は」
「お前こそ何を言っているのだ。あれは一族の馬鹿な男を一時的に助ける為だ。世継ぎはもっと高貴な女性を迎えて産ませるに決まっているだろうが」
愛人にする以外認めない、と父親に言明された男には、悔しいけれど逆らう手段も勇気もまだ持てなかった。
愛情は一切持っていなかった。彼女個人に興味もなかった。
けれど、昔からの欲望を叶えるのに最適の顔と身体を持っていたから手放すことなど考えられない。
父親に反抗するかのように、男は表向きの優しい顔と態度で従姉妹をパーティなどに連れ出すことだけは止めなかった。

友達から少しでも先に進んだ関係になりたい男の気持ちと裏腹に、幼少期から物怖じしない彼女からはハッキリキッパリと幾度も繰り返された言葉があった。
「無理よ、だってお互い最初から愛情なんてないんですもの。結婚なんて無理、無理。早く良い人を見つけてよね」
容姿だけじゃなく頭もいい彼女は、男のことを嫌いではなかったようだが本気で愛そうと努力する気配など微塵も見せなかった。
「ご当主様には感謝しかないけれど、この結婚はせいぜい仮面夫婦にしかならないんですもの」
男の父親である当主の冷酷さは有名だったし、男自身にも冷たい部分が多々あった為、幼い頃からそれを見ている彼女には友人以上の関係に進むつもりはないようだった。
勝気で少し我が儘な従姉妹は手強い相手だった。それでも欲しかったのだ、本気で。
だからこそ時間を掛けたし、周囲から取り込もうと様々な手を使ったというのに。
そんな男を従姉妹はあっさりと裏切って見せたのだ。
男の部下との電撃的な結婚によって。

「へ~~。面白い、いや、可哀想な話だよねぇ。・・・で、そんなに不細工な男だったわけ?」
一族間での決定であっても広く知れ渡っていた従姉妹との婚約話である。
それが女性からという一方的な破棄が起こったことで、世間は大いに噂話で盛り上がっていった。
見ず知らずの者も含めて大勢から浴びせられる生温かな憐れみの視線。
男も、男の両親も、それから長いこと、いや現在でも腸が煮えくり返るほどの怒りを湛えることになった。


今、目前に居るのは、そんな従姉妹が残した一人娘だ。
腹立たしい、それなのにどうしても躾けて支配したいと望んだ女の娘。
血は争えない、とはこのことだろうか。
こんなに幼い身体だというのに男の欲望を煽って止まないのだ。
早くその身体を貪りたかった。今すぐにでも。
だが同時に、出来るだけ優しく慈しみ、愛でたい自分がいるのも確かだった。
従姉妹には感じたことのない愛情が、何故か目前の少女には自然に湧き上がってくる。
「お養父様」
恥ずかしそうに呼ぶ少女が愛おしくて、野獣になって襲い掛かりたい愚かな自分を必死に抑制する。
7歳という年齢でオンナにするのは、さすがに非道というものだろう。
だから・・・。
期限を8年後と決めた。
それまでは、少女の望む淑女という漠然としたものを身に付ける教育を、手も口も出して手伝うことにしたのだ。
男の作ったルール、命令に逆らわず、理想のオンナになるよう、少しだけ訂正しながら。

屋敷に閉じ込め、誰にも会わせない。
そう、身も心も主である男に絶対服従するよう躾けるまでは。
エネットが望むレディと、男が望む妻を上手く融合することは可能な筈だ。
この素直な少女なら、予想より早く目的を達成出来るかも知れない。
そう願いながら、男は今日も野獣になりそうな自分を笑顔で抑えていた。


エネットの母親とは、幼い頃から仲良く遊んできた仲である。
生まれた時から何度も引き合わされたし、幼少期に改めてお見合いをして婚約まで行った。
一族の当主の思惑が親族に自然と広がるほど、彼女は男のモノとして認識されていた。
頭のいい彼女ならば、それを誰よりも知っていたはずなのに。
恋をした彼女は、男の部下を選び取り、家族を、一族を捨てた。あっさりと。
そうして、辺鄙な田舎の一軒家を借りて幸せな家庭を持ったのだ。
一族の顔に泥を塗り、残された男の屈辱を全く考えることなく。
子供を産み、裏切り者のくせに幸せな家族として笑って生きていた。

そのことが、どうしても許せなかった。男も、その両親も。
だから、男は自分の両親が何かよからぬ事を企んでいるのに気付いても放っておいた。
当然の報い、いい気味だと。

けれど、一つだけ気掛かりがあった。
従姉妹の子供、エネットだ。
男を裏切った2人の血を濃く持った子供。
だが、その容姿は従姉妹の幼い頃にそっくりだという。
それを聞いた瞬間、男はその子供に会いたくて堪らなくなった。
(手元に引き取り、私のモノにしたい。そして、・・・あのオンナの変わりに私に死ぬまで尽くさせてやる。そう、名ばかりの妻として)
暗い衝動に突き動かされるように男の頭の中はそれ一色に染まり、実行するべく行動を開始した。
両親の放った暗殺者達が従姉妹夫婦を殺した後、彼らの跡を付けさせ、秘密裏に部下に殺させたのだ。
勿論、その間に少女の元に駆け付けて、救出するのを忘れなかった。

惨殺された両親の姿を見て失神したのだろう、ぐったりした少女を抱き上げて誰にも気付かれないように屋敷へと連れ帰った。
眠る少女は確かに従姉妹に良く似ていた。
それだけならば、きっと今でも憎み続けていただろう。
怯えるのを胸に抱き寄せ、慰めて、味方だと、ここは安全だと告げた後に、澄んだ瞳で見つめられるまでは。
やがて、他にも違う箇所も多いことに気付いていく。
何よりも、その気質が正反対なことに。
穏やかで優しい反面、言いたい事は我慢せずにポンポンと話す従姉妹。
大人しくて綺麗で、繊細な心を持ち、縋るような目で男を見つめてくるエネット。
(そうだ。少女の性格を把握した時から、私は……)
エネットは従姉妹とは違う別の人間なのだから、暴力でモノにするよりもその心ごと自分に縛り付けたい、そう思うようになったのだ。

綺麗な澄んだ瞳で恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに、こちらを見つめてくる。
汚い大人達とは違う、邪気のない瞳で頼られるのが嬉しくて。
少しの間だけ、待とうと思った。それだけの価値が、エネットにはあると。

今日も、男はエネットを全裸にし、自分好みの衣装を纏わせていく。
日に日に強くなる、どうしようもない情動を抑えながら。
「うわぁ~、凄く綺麗な衣装。ありがとうございます、お養父様」
見上げてくる少女の頭を優しく撫で、その小さな身体を抱き上げて膝に乗せた。
今日もまた、苦痛と幸福の両方を味わいながら。  
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