【 契約 】 初出-2009.07.24

愛人契約を結んだ男女の話。


彼は優しい人だった。
何の計画も立てずに家出した私に部屋を与えてくれた。
突飛な発想に付いていけない時もあったけれど、断っても怒ることはなかった。
甘やかしてくるし、望めば疲れていても抱いて満足させてくれる。
でも、それは私が彼の・・・。

ねっとりと首筋を舌が這っていく。
その濡れたものが移動する感触にゾクゾク背筋が震え始めた。
そして私の熱がドンドンと上昇していった。
ゆっくりと舌が肩甲骨まで下がると暫らくそこを這い回り続けた。
「いやっ・・・。もうっ、やあぁ・・・」
やがて胸の膨らみに標的を変えた舌は、一直線に乳首へ向かって下りていこうとする。
悪戯な舌が狙っている右胸には、キラキラ光る真っ赤な宝石が乳頭の上からピンで突き刺さり、淫靡に胸を強調していた。
左胸には、同じ宝石を三石連ねた太いリングが乳頭を貫いて嵌っていて、彼はそのリングを指で軽く引っ張っては、震える乳頭を指の腹で押して愉しんでいる。
「あぎぃいいいいいいいいい~~~っ。ひぎっ、ひぃいいい~~っ! ひいぃっ、ひいぃっ・・・」
部屋中に響く悲鳴のようでいて嬌声でしかないそれが私を追い詰めていた。

ぬちゅうっ、べろっ。
べろべろっ、んちゅうぅうう~~~っ。
焦れったいスピードで下りていた舌がようやく右胸の宝石に届くと唾塗れに舐められていった。
「・・・あはぁ・・・あっ、あぁあああ~~~~っ。・・・んっ、んあぁ、んん~っ!」
三連の宝石を摘んでは軽く引っ張られた。気持ち良くて喘ぎが止められない。
「いひゃあぁ~~いぃっ。い、いひいぃ~~~っ、ひゃあぁうぅう~~~~っ」
むちゅっ。んむっ、ぺろぺろっ。
んちゅうぅっ、べろべろっ、べろりっ。
咥えられ、吸われて、また舐められて。
淫らなダンスを踊るように腰の動きが止まらなかった。

何も考えられないほどセックスに夢中になっていた。
自分の叫ぶ声に胸がじんわりと熱くなり、足の爪先でシーツを蹴ってしまう。
彼の頭を両腕に抱えると更に胸に押し付けて続きを強請った。
れろれろっ。むちゅぅ~。
れろっ、れろれろっ。ぶちゅっ、んちゅうぅっ。
舌の動きに合わせて激しさを増す腰の動き。
「はっ、はっ、はあぁあ~~~~っ。・・・んっ、いいっ、いいっ、んん~~っ、だめっ、だめっ!」
何を叫んでるのか分からない。ただ気持ち良くて涙が零れた。
「ひゃいぃ~~~っ。あ、あぁっ、はぎぃいいいいぃ~~~~~!」
時折、乳首を軽く噛まれて、甲高い悲鳴が口から飛び出した。
ぬちゅっ、くちゅっ、ぬちゅ、ぬちゅっ。
彼の指が徐に私の秘所を弄り出した。
「ぃひいいぃいい~~~~~~っ! いぃい~~っ、いいのっ!」
「もっと気持ち良くしてあげよう」
「あ、あぁ~~、あひぃいいい~~~っ!」
胸を飾る宝石は彼の唾で鈍く光り、ズキズキと仄かな疼きを私に与え続ける。
濡れまくる秘所を弄る指の動きと、リングを引っ張り乳首で遊び始めた彼の舌の生暖かさ。
二箇所を激しく虐められ、止められない快感に私は嬌声を上げ続けることしか出来なかった。
「イキなさい」
見下ろしていた彼の視線に気付いて眩暈を覚えた。
命令に従うかのように・・・私はイった。

大きく勃起させられたクリトリス。
簡単に摘めるその根元には、細いリングが嵌められている。
リングの前方に小さな二つの穴があり、耳ピアス用の青い宝石が掛けられていた。
軽量化されているとはいえ、二つの宝石をぶら提げられ、酷い痛みと刺激が私を襲い続ける。
やがて、それは心地よい痛みへと変わっていった。
「はがっ・・・。ひ、ひぃいいいいい~~~~~っ。ひぅうっ・・・」
「気持ち良さそうだな。次はもっと大きいのを掛けてやろう」
優しげな口調と相反する単語が耳に届いて、一瞬だけ言葉を詰まらせてしまう。
「・・・っ・・・! ひっ、ひぅ、あぁあぅ~~~っ。・・・は・・・ぃ・・・」
「いい子だ」
褒めるようにグイっとその宝石二つを纏めて引っ張られた。
「うぎゃあぁあああ~~~~~っ! はっ、はぎゃいぃいい~~~~~っ」
「取っただけだよ」
優し気な言葉なのに、その瞳は悪戯が成功したかのように光っていた。

セックスする度に彼のことを優しいけれど酷い人だと恨んでいた。
「君は痛いのが好きなのに、どうして嘘を付くのかな」
私で楽しんでいる姿に嬉しいと思うと同時に悔しいと思った。
「あぁ、いいよ。うん、上手に全部咥え込んでる。・・・ほら、もっと腰を動かして」
自分で自分が理解出来ない。こんな酷い人から痛い目に遭わされているのに。
どうして私は気持ちイイと泣き叫んでいるのだろう。
なぜ私はこの腕から逃げようとせず、自ら指を伸ばしてしまうのだろう。

クリトリスの根元のリングを弄る彼の指がワザとらしく股間を撫でていく。
「ひゃいぃいい~~~~~っ」
感じて涙を零す私を見ながら、彼は二本の指を秘所に深く突き入れた。
「はっ、はぎぃ・・・っ。やっ、やだっ、そこは・・・」
視線を合わせるように確認されて私は瞼を閉じていた。
グリグリと回し始めた指の動きを味わうように腰が揺れ続ける。
「はぁぎゅうぅうう~~~っ! ・・・はっ、はっ、はああぁ~~~~っ」
ベロっと頬を舐められて瞼を閉じた。
「・・・んくっ、・・・ぁ、あんっ! あんっ!」
唇に彼の唇が当てられ、入り込んで来た舌を自ら進んで絡め取っていく。
ぴちゃ、ぬちゅり。ちゅっ、ちゅぶっ。
舌を絡ませ合う濡れた音が鼓膜に響き、身体が火照って堪らない。
「んんぅ、・・・んむっ、んんっ。・・・あむっ、んんっ、あっ、あんんっ・・・」
気持ち良くて堪らなかった。もっと続けて欲しくて。
彼の舌を強請るように私は身体を寄せていった。



ぐちゅぐちゅ。ぴちゅっ。
ぐちっ。ぐちゅんっ、ぬちゅっ。
秘所に入った指の回転はスピードを増しては急に減速するのを繰り返している。
喘いでいる間に彼の指は四本に増えていた。
そこへ無理に一番太い親指を入れようとしたから、私の身体は一気に緊張で硬くなってしまった。
「んんんんんんんん~~~~~っ! んんっ、んんんむぅうううう~~~~っ」
無理っ、そこに指を全部なんて無理よっ。
そう思っているのに私は黙って彼の行為を受け入れ続けた。
「・・・んっぐうぅううう~~~~~っ。ふっぐうぅうう~~~~~~っ」
嫌だなんて言えなかった。
苦しくてもいいから、彼が望むことに応えたくて。

私を宥めるように唇を合わせながら、彼はとうとう五指全てを膣に押し入れてしまった。
次にやってくるのは・・・、彼が大好きなフィストファックだ。
その行為は、恐怖と底なしの快感を私に与えてしまう。
二度と堕ちたくないと思うほどの惑乱が私を襲うのだ。
やっ、と涙目で哀願してみたけれど、聞いてくれるような彼じゃない。
ずぶ、ずぶずぶ、ずぶっ。
ぐぐぐっ、・・・ずぶっ。ぐっ、ぐぐっ、ずぶり。
ゆっくりと微妙な調整をしながら彼の掌が進んでいく。
ずぶっ。ずっ、ずっ。
入ってはならないモノが入る音に眩暈のような惑乱を覚えた。

「・・・・・・っ! んぐぅううううううううう~~~~~っ!」
痛みには慣れていた。それでも前にやったことがあるからこそ怖い。
「 ・・・んっ・・・ぅぐぅうぅううう~~っ! いぐぅうぅうう~~~~~~っ」
一番太い場所が私の膣を限界まで開いているのが分かった。
(ああぁああ~~~~~っ、は、早くぅう~~~っ)
いっそ、全てを中に収めてしまいたかった。
(あぁ~~~~、早くっ、早く、中まで入ってぇえええ~~~~~っ)
中途半端に挿入を止められては伸ばされた皮膚が引き攣って、激しい痛みと切れる恐怖に襲われ続けるだけなのだ。

ずぶっ、ずぶぶぶっ。
ぐちっ、ずぶっ、ずるっ。ぐちゅっ、ちゅぶっ。
ゆっくりゆっくり進んだ掌がようやく最後まで入った、そう思ったのに。
膣の奥の奥まで完全に彼の手が埋まったそこを指先が撫でるように動いた。
「いぎぃいいいいいい~~~~っ! ・・・ひゃぎゃっ・・・っがぁあああ~~~~っ」
少し引き出そうとする彼に恐怖を感じて必死になって首を横に振った。
「い、いたぁいのおぉ~~~っ。ひぎぃっ、いたいっ、いたいのぉよおお~~~っ」
泣いて痛がる私を見つめながら彼が笑った。
「もっと感じさせてあげよう。好きなだけ善がりなさい」
そう言うと膣の中で掌を開いて内壁を五指の腹で撫で始める。
「・・・っ! んぎゃあああああぁああ~~~~~~~~っ! は、はぎぃいい~~~~~っ」
違うと言いたかった。感じてなんかいないし、良くなんてない。
でも止めてなんて言えない。言いたくない。
だってこの行為を私が本当に喜んでいるのだと彼は思っているのだから。

彼は酷い人だけど、同時に私を善がらせることに重きを置いてセックスしている。
少なくとも本人は真面目にそう告げるのだ。
「君が楽しくないと私も楽しくないからね」
私の身体が淫乱すぎるのだろうか。でも、この身体を開発したのは彼なのだ。
だったら、この身体が喜ぶのは彼がそうなって欲しいと望んでいるからに違いない。

彼が望んでいることを、どうして私が拒否出来るだろう。
「ひぎゃいいぃいい~~~~~~っ! はっ、はぎぃいいいい~~~~~~~~っ」
のた打ち回る私の身体を、彼は貫く手首一つでコントロールしようとする。
「いぎぁいぃい~~~っ。・・・はがっ、あがっ・・・。あっ、あがぁ~~っ!」
残った手が私の太ももを撫でると、上へと移動していく。
「ひっ、ひ・・・っ・・・。ひぃんんん~~~っ!」
痛みになんとか慣れようとする私の姿を彼は微笑んで見ていた。
(あぁ、もっと、もっと私を見てっ)
右胸の宝石と左胸のリングを交互に舌で弄られ、私は悶絶した。

ぐちゅうぅ。ぐちっ。ぐぃっ・・・ぐぷっ・・・。
ぐぷっ、ぐぷっ。ぐちゅりっ。ぐちゅぐちゅっ。
眠ったままでいたかったのに、卑猥な音が私の目を覚まさせてしまった。
両方の乳房を彼の手が揉み込んでいて、膣から手首が抜かれていることを知った。
「やっと起きたか」
耳を擽るように彼が囁いて来る。
私はコクっと頷いて何か言おうとした。
それなのに下からの激しい突き上げが始まって下半身を酷い痛みが襲った。
「・・・っ・・・んぎぃいいぃい~~~っ。あぁっ、あぎぃっ・・・あぁ・・・っ」
叫びたいのに口を塞がれてしまった。
首を振って抗うけれど、また塞がれてしまって涙がボロボロ零れていく。

尻穴が彼の膨張した男根で拡張され続け、奥へ奥へと入り込んでいくのが怖かった。
「んっむうぅうううう~~~~っ。・・・ぐうっ・・んんっ、・・・んぐぅうう~~~っ!」
口を塞がれ、舌を絡ませられて、私にはもうどうする事も出来ない。
身体は感じまくり、この刺激と快感を甘受しようと自分から腰を何度も振っては凶器を最奥まで咥え込もうとする。
「んんんん~~~っ! んぐ・・・ぅ・・・っ」
ブワっと涙が溢れ出て頬を濡らしていた。
(あああぁ~~っ、大きいのがぁああ~~~~っ)
膨張したモノで突かれる度に身体が喜ぶように震えて跳ねた。
「あぁっ・・・んっ。んん~~っ!」
時々、彼の舌が唇から離れて濡れている私の目元を拭っていく。
それにさえ感じる私は愚かなのだろうか。

「んっ、・・・はぁ・・・っ。や、やあっ、・・んんっ。やっ・・・やだあぁ~~、あぁ・・・っ」
ようやく最奥に収まって巨根は動きを止めてくれた。
私の身体はソレに支えられた状態のまま押し倒され、床に仰向けにされてしまう。
「やああああ~~~~~。やっ、いやぁああ~~っ、いやっ・・・いやぁっ」
尻穴を貫かれたまま膣内を太い指が弄り始めた。
ぐちょぐちょに濡れているそこは卑猥な音を私の耳に響かせ、激しい羞恥が襲ってくる。
愉しそうに蠢く彼の指。その指は戯れにクリトリスを摘んでは、軽く押し潰して弄んでいた。

残った片方の指でピンっと勃った左の乳首をリングごと鷲掴みし、激しく優しく何度も揉み続ける。
「はぁっ、はあっ、・・・いやあぁあああ~~~~っ」
乳頭の宝石も摘み上げて捻ると、押し戻されてはまた引っ張られた。
はっ・・・、はっ・・・。んっ、もっ、いやあぁっ!」
「駄目だよ、嘘を付いては。ほら、気持ちイイだろう? ・・・私も同じだよ」
欲望に染まった彼の目が私を貫いてくる。
嬉しいと胸が高まるのに、すぐに不安がそれに取って代わった。
いつまで彼は、こんな激しい執着を私に見せてくれるのだろう、と。



愛人契約も残り三週間を切ってしまった。
彼は何も言わないけれど、婚約の話が出ていることも私は知っている。
もう今までのようなぬるま湯生活は出来ない。
本気で彼を愛しているなら、喜んで祝福しなくてはならないのだ。

これまで仕事優先の彼は結婚の話を断り続けていた。
「家族は早く結婚するようにせっつくけど別に必要に迫られてないしね」
そんな彼に呆れたのか待っても無駄だと思ったのか、取引先の社長令嬢との結婚話が内々に進んでいるというのだ。
先日、彼の両親が私に直接会いに来て、さっさと出て行けと小切手を置いていった。
息子は良家の令嬢と婚約間近で、暫らくしたら結婚することになっている、と告げて。
テーブルの上に投げるように置かれた小切手を持ってみた。
薄いのに私の手には重く感じられて途方に暮れる。
ただの紙切れなのに、それは重くて不気味な凶器になっていた。

ネズミのように怯えながら部屋の中を動き回った。
堪らなかった。自分が惨めで。
でも同時に、こうなることは分かっていたでしょう、と心が囁いてくる。
私は愛人。彼と契約しただけの、今だけのオンナ。
奥さんになる人と比べることすらおこがましい。
ただ彼を喜ばせるだけの存在だと。

それでも、そんな存在でもプライドは持っているのだ。
小さな小さなものだけど、捨てることが出来ない誇りの欠片。
見たくない小切手を、軽くて重い小切手を、新聞紙の上に掲げた。
そうして必死になって細かく千切っていく。
字も書いていない破る必要のない場所まで手で引き千切った。
涙がボタボタ落ちていく。
それでも私は千切り続けた。

千切り終えてから新聞紙を持って台所へ向かった。
野菜屑を散らし、中の細切れの紙と混ぜて新聞紙で包んだ。
今は外のゴミ箱の中に入っている。
彼の母親の蔑みの目と、父親の好色な視線が恐ろしかった。
ここは私の居場所じゃないと教えているようで。



三年前、両親に嫌われていた私は家を飛び出していた。
初めは友人の家を転々としたけれど、そんなに長く居候なんて出来なくて。
将来のことなど何も考えていなかった私は、家出する時も小金しか持っていなかった。
貯金を切り崩して暮らしたものの、あと僅かでそれが消えると分かったらもう使うことも出来ない。
それから日雇い等のバイトを雑誌で探しては電話を掛けた。
でも仕事自体少ない上に金額も少なくて手持ちのお金は常に微々たるものだった。
最後はホームレス一歩手前の公園生活。
もう自分は終わりだなぁ、と諦めていた。

そんなある日のこと。
普通の会社員なら仕事をしているだろう時間に、私の住む公園へと彼がやって来たのだ。
最初は互いに距離を取っていたけれど、何故か彼から声を掛けられて話をする羽目に。
嫌々、事情を話した私に、彼は下手な慰めもありきたりな説教もしなかった。
「公園に住んでいて危ない目に遭わないのか?」
淡々とした表情で問うてきたから、私も無難に答えた。
「まあ、時々ちょっと・・・。でも、最近はネットカフェで寝てるから大丈夫」
(嘘だけど、まあいいよね)
本当は安い銭湯に行く以外は、ほとんど公園で過ごしていた。

彼はいい人なのかも知れなかった。でも危ない人じゃないと断定も出来ない。
早くこの人から離れたい、そう思って話を切り上げようとした私に彼が言った。
「愛人になるなら、養ってあげるよ」
ポカンとした顔を彼に笑われて、思わずムっとしてしまう。
「何言ってるんですか、あなた」
「一応、本気なんだけどね」
噛み合わない話を続けるのが嫌で私は席を立つことにした。
すると、こっちを見ていた彼が懐に手を入れて言ったのだ。
「警察呼んであげようか。・・・その方が君の助けになるかもしれないね」
私は、腰を下ろしたまま口を突き出して不貞腐れるしかなかった。

何故こんなことになったんだろう。
私は見知らぬ男と喋ってしまった自分の優柔不断さを呪っていた。
「・・・ってことで、決められた人生設計に乗っていたら全てが順調でね。毎日に飽きているんだ」
今の私には羨ましくて妬ましい、且つ贅沢なことを淡々と告げる男が憎らしくて睨んでしまう。
選ぶにしても、もう少しマシな男と喋るべきだったと反省していると、
「せっかく知り合ったんだし、ほんの少し道を外れて楽しんでみたいんだ」
駄目かな、と彼は爽やかに笑った。
言っていることとのギャップが凄すぎて私は追い付けない。
「いや、だから何で愛人なんですか」
「一夜限りがいいのか?」
駄目だ、またしても噛み合わない。そう思った。

そんな風に一時間は喋っていただろうか。
私は人生に飽きている彼が愚痴を言うのを辛抱強く聞いてあげていた。
(もう暇つぶしには十分だよね。そろろ解放してくれないかなぁ)
仕事に戻ることを期待して、私は彼の目をしっかり捉えるよう見つめた。
多分、それがマズかったのだろう。
会社に行って下さい、そう言おうとした私よりも先に、彼が例の言葉を繰り返してきた。
「これで私のことは理解してもらえたね。じゃあ、愛人契約しようか」
目の前に異邦人が居る。そう思った。そうとしか思えなかった。
まさか、愛人契約させる為に身の上話をしていたとは想定外すぎる。

それでも、そんな怪しい男に付いて公園を抜けたのは私の意志だ。
誰も責めることは出来ないし、悔やんでもいない。
これは私が自分で決めたこと。
どんな理由があろうとも私は私の意志で自分自身を売り渡したのだ

状況が落ち着いた後、私は彼を叱っていた。
「貴方は、自分が非常識なことを言った自覚を持つべきです」
「そうかな。だって君、私のお陰で助かっただろ」
あのままどうする気だったのか、お金や健康の心配はしたのか、など逆に詰問されて目が泳いだ。
「ほら、私は妥当な提案をしてそれを君が受け入れた。それだけだろ」
当然のことながら言葉に詰まったのは私の方で、
「家出するなら後々を考えて準備しておきなさい」
そう怒られてしまった。
正しいことを言った筈なのに、どうして彼と喋ると最後は私が諭されて終わるのだろう。
そこだけは少し納得出来ない私だった。



最初に連れて行かれたのは、私もよく知るシティホテル。
別に最高級ホテルに行きたいとは言わないけれど、こんなものなのだろうか。
抱かれる為のベッドに座り、赤の他人とセックスしようとしていた私の余裕は、けれどここまでだった。
バージンだった私の目に恐怖が宿っていたのだろう。
素早くそれに気付いた彼は、
「しょうがないな。・・・ここから出よう」
もったいないけどね、と苦笑して許してくれた。

チェックアウトする為にエレベーターに乗り込むと、そこは当然ながら密室でしかない。
行きは動揺して覚えていないけれど、今のこの沈黙は正直辛かった。
私が悪いとしか言いようがないからひたすら我慢するしかない。
「逃げちゃ駄目だよ」
エレベーターから降りた私に釘を刺すと、彼はフロントに向かった。
箱の中でずっと掴まれていた腕がじんわりと痛んでいた。
何となくそこを見ていたら、チェックアウトした彼が私の前に立っていて少し驚いた。
「ちゃんと待ってたね」
「約束、したから」
私の言葉に彼は微笑み、おいで、とラウンジのソファに連れて行った。

フロントで貰ったのだろう、地図を取り出すと広げていく。
「ほら、ここ。ここが私のマンション。・・・で、ここが君の公園」
いや、私の公園って何? それと貴方のマンションを教えてどうするのよ、と心の中で呟く。
「一緒においで。今日の宿を提供してあげよう。何もしないから安心しなさい」
意味が分からない。また噛み合わない話が始まった、と私が困っていると、
「使っていない部屋があるんだ」
「・・・それで?」
「一度は関係を持とうとした相手なんだから、今夜別々の部屋で寝るぐらい出来るだろう」
淡々とした表情と言葉なのに、その視線は強過ぎて優柔不断な私は思わず頷いてしまった。
そう、あの時の私は本当に世間知らずの馬鹿だった。
さっさと逃げるべきだったのに、結局またしても私は彼の言うがまま立ち上がっていたのだ。

タクシーに乗せられ、辿り着いたマンションは超高級マンションだった。
「億ですか?」
「いや、それより少し下じゃないかな」
悪びれない男は私の掌に自分の掌を当てると、ぐいぐいと引っ張っていく。
「あっ・・・、ねえ、待って」
「固まってたら夜になる」
夜の公園が危険だから連れて来たんだよ、と言われては動かない訳にはいかなかった。
その夜は、久しぶりにゆっくりお風呂に入り、宅配だけど美味しい料理を味わった。
「何なら一緒に寝てもいいよ」
「遠慮します」
約束通りに独り部屋をもらった私は、躊躇なくカギを掛けさせてもらい、深い眠りに落ちた。



翌朝、私は早々と元の公園へ戻る支度を整えていた。
他の公園でも良かったけれど、ホームレスと一緒で同じ場所の方が慣れているし安心するのだ。
彼に付き合ってパンと牛乳とゆで卵という簡単な食事を摂っていると、彼が一枚のカードキーを渡してきた。
「二ヶ月間、君にあの部屋を貸そう。家賃はいらない。掃除と食事だけ頼む」
いきなりのことで戸惑う私を見て、彼は溜息を吐いた。
「一人でどうやって生きて行くのか。そのビジョンもないからこうなったんだと分かってるだろ」
唇を噛み締めながら私は頷いた。
それは本当にその通りだと自覚していたからだ。
朝起きて、いや寝る前から私は不安に襲われていたのだ。
これからどうすればいいのだろう、と。
「急に追い出したりしない。必要なら延長も構わないよ。勤め先を探したいんだろう?」
「・・・はい」
最後の言葉にだけ返事をしたつもり、だった。
でも、もしかしたら私は無意識に彼の言葉全てに返事をしたのかもしれない。

優しいだけの男じゃないと分かっていた。初めて会った相手に愛人関係を持ち掛けてきたのだから。
でも、彼は私の不安を認めてホテルから連れ出してくれた。
昨日だって強引に事に及ぶことも出来たし、抵抗したとしても私も最後には同意したような気がする。
お互いが間に線を引きながら緊張を保ちつつ伺っているのを自覚していた筈だ。
確かに私は部屋にカギを掛けたけれど、それは本当に眠りに付く寸前であり、彼が電気を消したのもその音が響いてからだった。

友人達ならきっと、すぐにマンションから立ち去るべきだと言うだろう。
そして私もそれに同意した筈だ。
でも私はそうしなかった。
お金も、住む家も、そして独りで生きていく術も持たなかったから。
口先だけ大きなことを言ってここを去っても、結局はあの公園にしがみついて病気になるか、恐ろしい目に遭うに違いない。
それが現実というものだ。
世の中なんて、何も持たない、考えない者に優しくはない。

疲れていた。心も身体も。
どんな場所でも休めるのならそれでいい。そう思ったのだ。
「そうか。じゃあ二か月よろしく。あとは・・・そうだな、タバコを止めるから代わりのキスはさせるように」
「えっ。そんな条件、勝手に決めな・・・」
急に突き付けられた条件に戸惑っていると、
「行って来る。・・・ほら、キスさせろ」
ちゅぶっ。くちゅっ。
軽くどころか唇を舌で舐められて私は真っ赤になってしまった。
「うん。これならタバコなしでも我慢しよう」
そう言って彼は会社に出掛けてしまった。
玄関先で私がへたり込んだのは当然彼の所為である。

ありがたく彼の提案を受け入れた私は、それでもちゃんと覚悟は持っていた。
もしかしたら二か月の間に、いやもっと早い時期に、彼に強引に身体を奪われるかも知れないと。
どうせ行く当てもない私の末路は同じようなものだった。
相手が誰であれ、いつかは身体を売って生きていくことになると頭では分かっていたのだ。
あんな生活が続く筈がない。そんなに人生は甘くないのだから。

結局、半年近くも私は部屋に居付いてしまい、彼も約束通り私にキス以外の行為をしなかった。
掃除と食事の支度を家賃の代わりにしてもらい、残りの時間は全て就職活動に費やして頑張ってみた。
けれど、そう事は単純に運ばなかった。
技能を何も持たない私には自分に向いている職種が分からなかった。
適当に職を探すことで余計に見つからず、焦っては場当たり的に突進し、撃沈する悪循環に陥ってしまったのだ。
やがて何もかも諦めてしまった私は彼に身体を許し、正式に愛人契約を交わしていた。
唯一、自分に出来る恩返し。
そして寄生虫になってしまった謝罪の代わりとして。



ご両親が帰った日から、たまに魘されるようになっていた。
もう、あれはゴミとなったのに、何故こんなに胸が苦しいのだろう。
マンションから出ていくよう通告されたことは、まだ彼にはバレていない。
ご両親だって、さすがに小切手を渡したなんて彼には伝えないだろう。
それでも、心の奥に仕舞いこんだ不安が出ているのだろうか。
「何か心配ごとでもあるのか」
日中も無意識に溜息を吐いてしまう私に気付いた彼が穏やかな声で訊ねてくれた。
「昼寝のし過ぎで寝不足なの」
誤魔化せるかな、とちょっとオドオドしながら言ってみた。
「・・・そうか。それなら良く眠れるよう運動しよう」
とんでもない言葉で返されて思わず逃げ腰になった。
勿論、本気で逃げられる筈もなく、有言実行の彼に捕まった私は、翌日の昼まで起き上がることさえ出来なかった。

そんな日々が続き、愛人契約の期限も残り一週間を切ってしまった。
痺れを切らしたのか、別の目的があるのか。
彼の父親から電話が入った。
「昼過ぎに訪ねる」
一方的に目的だけを告げて切れる電話。
文句を言う暇もなかった。
悶々とする時間だけが過ぎていく。

とうとう追い出されてしまうのだろうか。
せめてギリギリまで彼と一緒に居たかった。
彼は普段通り会社に出掛けており、広いこの部屋には私一人。
いや、たとえ彼が傍に居てくれたとしても、両親と同じ気持ちかも知れない。
そう考えると溜息しか出なかった。

絨毯の床に座り込み、静かに涙を零し続けていた。
どれほど経ったのだろう。
その涙を背後から誰かが拭ってくれるのに気付いた。
「・・・っ・・・!」
驚いて振り返る私をギュっと包み込むように抱き締めた、その人は・・・。
この部屋の主。私の愛する人。私の全て。

そう、彼がそこに居た。
「ど、どうして。会社は・・・・」
続きを言おうとしても、溢れる涙で言葉にならない。
彼の舌で何度も何度も涙が舐め取られていく。
嬉しいのに、抱き付きたいのに、不安が心を埋め尽くしていた。
「一人で決めて泣くんじゃない」
そう言って、彼が私の唇を奪ってきた。
自然に絡まり合う舌先。

「・・・ぅんっ、・・・ふっ、ぅんんっ。んっ、んちゅっ。・・・ふぁあっ、んんっ」
長く激しい、それでいて優しい口付けがゆっくりと解かれていく。
「塔子。お前の考えは間違ってる。何年一緒に暮らしたと思うんだ?」
両頬を大きな掌で包まれ、問い掛けられた。
「・・・春人さんっ。でも・・・。・・・あっ・・・」
スカートの裾を捲るように春人さんの長い指が私の膣内を目指して入って来た。
パンティを避けながら入り込んだ指が淫靡な音を立て始める。
ぴちゃ、くちゅっ。ぬちゅり。
「ほら、足を上げて」
命令されて自然に脚が開いていく。そうして、高く、まるで誘うように持ち上がった。
「塔子、ほら集中して」
くちゅくちゅりっ。
優しいけれど否定を許さない言葉に頷いていた。

言い返そうとする私を遮るように、彼が膣の中で指を動かしていく。
「はぁあぁあ~~~っ。んんっ! ・・・だ、駄目っ、駄目っ! 春人さ・・・っ」
指を差し込まれた膣内が、逃がさないと言うように彼の指を締め付けていた。
そこから強引に抜き出しては、浅く深く何度も貫いてくる指が愛おしい。
やがて、抜き差しを繰り返していた指が、勢いを付けて最奥を貫いてきた。
「ひゃいいいい~~~~! いひゃぃいいい~~~っ! やっ、やあぁ~~~っ」
「ほら、お前の身体は、・・・俺が好きだって言ってる。いつだって正直だ」
そんなことは分かっていた。だから辛いのに。
言えない言葉の代わりのように、正直な場所が彼の指を咥え込んで収縮していた。

ぐるり、と指で掻きまわされる膣内が大喜びしていた。
悲しいのに嬉しくて、寂しいのにホっと安堵している。
「ひゃぁああ~~~っ。ふぁっ、はふぅ。・・・いやっ、いやぁ~~~っ」
指が二本に増やされて痛い筈なのに、私のそこの収縮はいっそう激しくなっていく。
「いひぃっ! いいっ、い、いいのぉお~~~っ!」
「塔子。欲しいものは、・・・言わなきゃ手に入らないんだ」
囁くように告げる彼の声。
その言葉に押されるように、私は膣内に指を入れられたまま、焦りながら彼のズボンのチャックを下ろしていった。
勢いよく飛び出した巨根を手で扱いて更に大きくしていく。

必死になってソレを扱く私を彼が穏やかに笑って見ていた。
「・・・駄目だよ、塔子。ちゃんと言葉にしないとコレはあげないよ」
ちゅっと軽く口付けられ、私の目から大粒の涙が溢れ出した。
「泣いても駄目だ。今日は言ってもらうよ。さあ、塔子、・・・言って」
お互いみっともない姿のままで見つめ合った。
「塔子、お前の欲しいものは何だ」
再度、優しく問われた私の目には、どこか不安そうな彼の姿が映っていた。
その時、ようやく私は気付いた。
彼も契約期限が切れることに、私を手放す不安に苦しんでいたことを。

何年も一緒に暮らしていながら、私達は契約に関する話を一度もしたことがなかった。
まるで、そのことを話し合ったら最後。全てが終わってしまうと言うかのように退けていた。
でも、このままじゃ駄目なんだと、彼が切り出してくれたのだ。
本音を言い合い、互いの気持ちを知って、これからを進む為に。
「・・・私っ。わ、私は・・・。私の、欲しい、もの・・・は・・・」
もどかしい程に口が上手く動かなかった。
それでも目前の彼はちゃんと待っていてくれる、そう分かっていたから。


ピンポーン! ピンポーン!
軽快な呼び出し音が玄関から聞こていた。
けれど、それに応える者はいなかった。
ようやく二匹の番となった男女は夢中で互いを貪り合っていたからだ。
交わることが最優先であり、他のことはどうでもよかった。
激しく貫かれ、身体が揺さ振られるごとに男の所有物だという証しが女の膣内へと浴びせられていた。
嬉しいと啼いた女は、男を魅了するかのように淫らに脚を開いていく。

女の身体すべてが男を誘う媚薬になっていた。
愛おしい女を見つめた男は、光輝く誓いの指輪を嵌めた手を取り、宝石に唇を当てた。
「もう一度誓おう。君だけだ」
その瞬間、快感を凌駕する歓喜に包まれた女は静かに涙を流した。
「君だけだ」
忘れないでくれ、そう男は囁き、唯一欲しかったものを手に入れて泣く女の目元を指で拭った。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。