『掌中の珠』   第参話-初出2009.10.18   


舌先三寸というのか、両親を都合よく言い包めたらしい男は、僕をこの屋敷へ玩具として引き取りご機嫌のようだった。
それはそうだろう。ほぼ無抵抗の僕を毎日犯して楽しんでいるのだから。
高校生でありながら敷地内に個別の屋敷を与えられ、その主として君臨している。
それが僕の支配者、菊里利貴(きくざと としたか)さんだ。
彼の生活リズムに合わせて僕のタイムスケジュールは決められ、そこから外れる行動は許されないという。
必ず守って下さい、と執事の狭桐さんを通して指示があり、僕も仕方なく頷いていた。

この屋敷へ来てから三日が過ぎ、僅かだけれど僕の身体も酷い行為に慣れてきたようだ。
戸張医師から部屋に引き籠っているのは良くないとの勧めもあり、使用人達と引き合わされることになった。
(皆、僕のこと、どう思ってるんだろう)
ドキドキしながら部屋を出て、狭桐さんの後ろを歩いて行く。

1階にある全ての部屋を巡り、使用目的と頻度を教えてもらうと、ひえぇ~っと驚きの連続だった。
その部屋ごとに専属の使用人がいて、紹介されて挨拶を交わしながら内心で嘘だろ~、金持ちって! と何度も呟いてしまう。
特に調理室の尋常でない広さに驚いていた僕に狭桐さんが微笑んだ。
「ここでは使用人全員の食事も用意しなければなりませんので。専属コックではなく、その見習い達が修行と創作の場として利用しております」
見習い専用って意味が分からないっ、とまたしても内心で突っ込んでしまう。
つまり、菊里家の専属コックさん達は本邸に居るということだろうか。
「そのうち、機会があれば料理人にも引き合わせましょう」
「・・・ありがとうございます」
それ以外、僕には何も言えなかった。

次に螺旋階段を上って2階の広間に案内されたけれど、まだ一度もパーティが開かれていないと聞きビックリだった。
大きな応接室2つに支度部屋が3つ。調理室に配膳室。カード室にビリヤード室。
狭桐さんの説明を聞きながら、余りに違う別世界に僕は溜息しか出ない。
(こんなに広い場所、掃除するの大変そうだなぁ。僕に出来る仕事あるのかな)
屋敷をちょっと歩いただけで疲れ果て、トボトボと歩いて行く。
颯爽とした足取りで進んでいた狭桐さんが振り向き、眉を寄せて言った。
「申し訳有りません。お疲れになっておられるのに気付きもせず。今日はこの辺で切り上げ、また別の日に改めてご案内致しましょう」
気遣ってくれるのが素直に嬉しかった。
けれど、今日を逃すと次にいつ暇がもらえるのか僕にはわからなくて、首を横に振って断った。
「少し疲れてますが、今のうちに出来るだけ見ておきたいです」
申し訳ないですが付き合って下さい、とお願いした。

明日から僕の躾を始めると宣言した利貴さんが時間を取っており、何をされるのか今から戦々恐々なのだ。
動けない程身体を消耗させられるかも知れなかった。
そんな僕の気持ちに気付いてか、狭桐さんが頷いてくれた。
「では、少し休憩を取ることに致しましょうか。今日は心地いい風が吹いております。当家自慢の庭にお茶をご用意させましょう」
座れることが嬉しくて僕は無意識にコクっと首を縦に振ってしまっていた。
慌てて言葉にしようとしたけれど、もう狭桐さんは歩き出している。
両親からの注意事項の一つに、まずは言葉にしなさい、という人間関係構築の基本があった。
失敗したなぁ、なんて思いつつも砂桐さんを見失わないよう僕は足を早めたのだった。

廊下から玄関ホールへと歩いて行く間、通り過ぎる使用人から口々に様付けで挨拶されて面映くて堪らない。
(・・・だって玩具なんだよ、僕)
玄関から例の扇型の階段を下りると、自慢だという庭へと案内された。
(もう~、何だってこの屋敷はこんなに広いわけ~)
車から覗いた時も広いなぁと思ったのだけれど、実際、前庭、中庭、そして奥庭から続く山まで全て敷地だと聞き、またも溜息しかない。

テーブルに座った僕にお茶を注いでくれた狭桐さんによると、大旦那様と旦那様の住む本邸はこの屋敷の2倍の広さがあるのだという。
この洋風の屋敷は、初孫誕生のお祝いに大旦那様が建てられたそうで、高校入学と同時に利貴さんへと所有権を書き換えたというから驚きだ。
奥庭の和風庭園と前庭の洋風庭園、2つも庭があるだけでも凄いのに、両方に滝と川が流れている。
(大旦那様の趣味だって言うけど・・・。はぁっ)
じっと庭を見つめていると、狭桐さんが教えてくれた。
「門の外に出ることは禁じられていますが、庭までは散歩して良いとの許可が出ております」
ニコリと微笑まれ、思わず僕も笑みを返した。
(そうだよ。夜の、・・・が辛いんだから、暇な時間ぐらい気分転換しなくちゃ)
ただ、大型犬が何十頭も放されているらしく、僕も匂いを犬に覚えてもらってからしか出歩けないらしい。
(何というか、金持ちって大変なんだね)
しなやかに走って警備員の指示に従う犬を見ながら、どうせなら一緒に散歩出来ると嬉しいなぁと呟いたところ、ガード犬だから駄目です、と断られてしまった。

二杯目のお茶を飲み干していると、狭桐さんが真剣な表情で告げてきた。
「庭の奥の道続きに山へ入れますが、野生の獣に出遭ったり切り立った崖も在りますので、絶対に一人では行かないようにお願いします」
そう強く言われて、僕は勿論だとコクコクっと頷いていた。


休憩が効いたのか、疲れも取れたので屋敷探訪を続けてもらうことにした。
2階玄関への階段とは別方向へと案内する狭桐さん。
(一体、何処に?)
1階の裏側に向かう狭桐さんの後ろをゆっくりしたスピードで付いて歩く。
途中、擦れ違う子供達が僕を見て歓声を上げた。
(うわっ。何で、こんな小さい子が大勢いるんだろ?)
母親らしき女性に静かにしなきゃ駄目でしょ、と叱られ顔を顰める子。逆にもっと笑う子も居た。
ビックリ眼でその光景を眺めていたら、子供の1人が僕に笑い掛けてきて、人差し指である方向を示してきた。
「?」
何だろう、と示された方向に視線を向けた。
どうやら先に進んでいた狭桐さんが立ち止まり、僕を待っているようだ。
教えてくれた子供にありがとう、と礼を言うと狭桐さんへ向かって急いだ。

ようやく追いついた僕に狭桐さんは小さな微笑みをくれた。
「ここから使用人専用住居になります」
不思議なことを告げられてチンプンカンプンな僕を置いたまま、狭桐さんは歩き出した。
慌てて後を追って行く。
やがて、目前に建物の一部を大きく切り取ったような空間が現れた。
(こんなところに地下駐車場!)
地下道の脇にガードレールが設置され、ソコを行き交う使用人と子供達。
(えぇ~! まさか、この先に住居が?)
手を振ってくる子供と擦れ違いつつ、奥へと進んで行った。

その後はもう興奮しかなかった。
(うわぁ~、秘密基地だっ。秘密基地!)
重そうな荷物を運び出す業者の人、メニュー片手に動き回るコック服を纏った料理人、テキパキ動くお仕着せ姿の使用人達の動きを興奮しながら眺めていく。
住居スペースの入り口に留まり、滅多に見れない光景に目を輝かせる僕に苦笑しながら、狭桐さんが説明をしてくれた。
「この先に個別の住居を用意してあります。ほぼ全員が家族持ちですので子供も大勢おりますよ。是非、声を掛けてやって下さい。喜びますので」
ジっと見つめる僕の視線を気にすることなく、狭桐さんは楽しそうに続けた。
「そうそう、この先に小さな厨房がありまして子供達が見よう見真似で料理しているそうですよ。当然ですが火器の使用は禁じております」
個別にあるトイレ・シャワー室とは別に大勢が使用するトイレ室と大風呂が設置されていると聞き、凄いっとしか言葉が出なかった。
(あの中に入って探険したいっ! 住みたいっ!)
「私は執事ですので、先程ご案内しました1階の部屋を頂いております。用事がおありでしたらいつでもお呼び下さい」
ウズウズと湧き出す好奇心に、狭桐さんのそんな優しい言葉さえ、頭の片隅にかろうじて引っ掛かっただけの僕だった。

僕が車で通って来た敷地の下に彼らの住居があり、何か所も地上への出入口がある、と後から美耶子さんが教えてくれた。
突然使用人や子供達と会うこともあるから、その時は挨拶してくれると嬉しい、と。
両親の教えの中にもあった人間関係構築の一つ。勿論、これまで生きてきた中でも度々言われてきたけれど。
僕にとってここは戦場のようなものだから、少しでも印象を良くしたい。
そして出来ることなら、あっちに住みたいなぁ、駄目かなぁという気持ちが中々止まらないのだった。

▲▲▲

屋敷を案内された翌日、僕の高校入学までとその後のスケジュールを利貴さんが口頭で告げてきた。
どうやら僕は本当に利貴さん専用の玩具らしく、洗濯も掃除も使用人らしいことからは全て免除されるという。
それどころか、礼儀作法、生け花、お茶、琴、和歌など、先生を招くから習得しろと厳命されてしまった。
(いやだっ、僕も働きたいっ! 何で? いやだよっ)
夜のお相手は毎日組み込まれているのに、疲れた身体も神経も休めないなんて。
意味が分からなかった。玩具に礼儀作法だとか和歌なんかの教養が必要なんて、嫌がらせにも程がある。
「高校には女として通うことになるんだ。女としての仕草と教養を身に付けないでどうするんだ。それと、・・・いい加減、僕なんて言葉を使うな」
覆い被さるように僕を上から覗き込み、脅迫するような目付きで利貴さんが命令する。
「で、でも・・・。僕は・・・」
「咲姫!」
けっして大声ではないのに、怒鳴ってもいないのに、ビクっと条件反射のように身体が震えた。
「返事は」
強めに名前が呼ばれた時とは違って、利貴さんが静かに促してくる。
オドオドした態度に呆れて声音を下げてくれたようだ。
勿論、僕に返せるのは唯一この言葉だけ。
「はい。・・・利貴さん」
せめてキツイ視線で見られるのだけでも、と名前を追加してみた。
こうすると何故か少しだけ優しくなるのに気付いていたからだ。

自然に出る男言葉をその都度訂正され、次々に習い事の先生を紹介されていく。
戸張医師とは別の病院から処方された薬を渡され、毎日飲むように強要された。
中から女の身体に変える薬だと聞かされ、不安に陥る僕を利貴さんが笑う。
「今更、男に戻れると思ってるのか。何なら、男の証を切り取ってやってもいいぞ」
プルプル首を振って怯える僕に圧し掛かり、女らしく喘げよ、と指を下肢へと動かす利貴さんが怖かった。
それでも逃げることなど出来る筈もなく、僕はギュっと目を瞑り、その指が蠢く感触に小さく声を上げた。

毎日毎日、女らしさを醸し出す基本だとスカートを渡され、淑女らしい歩き方をしろと注意される。
行為とは別の涙を流す日々が続き、利貴さんに見えないように睨み付けたことが何度もあった。
一度、その現場を美耶子さんに見つかり、苦笑されてしまった。
「何で、お花やお茶なんて僕に・・・。あっ、その、私、に習えなんて言うのでしょう」
使い慣れない言葉に舌を噛みそうになりながら、鬱憤を美耶子さんに聞いてもらうことにした。
「そうですね。若様は旦那様から任された仕事に関係するパーティや観劇、舞踏会、音楽会などにお付き合いで出席することが日常的に組まれておりますから」
僕の、いや、私のスカートの裾を直しながら彼女は楽しそうに言うのだ。
「きっと、若様は咲姫様をお連れして一緒に楽しまれたいんでしょうね」

クスクス笑う美耶子さんには悪いけれど、僕は、じゃなかった、私は行きたくない。
声に出す時だけでなく、思考中も女言葉を使えと命令されて腹立たしいのに。
(うぅ~、なんて面倒くさい)
思考中はいいじゃないか、と思うのに、利貴さんからは叱られてばかりだった。
「不器用なお前が、無意識の言動を制御できるとは思えないな」
「俺の傍で間違えたら、俺が恥を掻くだろうが。そうとも、・・・それが狙いか?」
上から覗き込まれて馬鹿にされるし、勝手に勘違いして睨まれるしで、仕方なく頷く以外なかった。

ただでさえ苦労している最中なのに、そんな楽しいどころか大勢の視線を浴びて苦痛なだけの場所に、誰が行きたいと思うだろう。
仕事先から戻り、着替えている最中の利貴さんに訴えてみた。
「お願い。女の格好も言葉も我慢してやります。だから習い事は許して下さい! ねえっ、利貴さんっ。私には必要ないでしょう?」
普段ならば、こうやって縋るように必死になって頼み込むと、僅かだけれど優しくなるのに。
逆らうな、主の命に背くな、と言わんばかりに更に習い事を増やすような言葉で返されてしまった。
「ふん。そうだな、この機会に香も習うといい。半年後には母主催の集まりがあるから、流石にその頃には形になっているだろう」
出来るよなぁ、と馬鹿にしてくる利貴さんの挑発に乗るつもりはなかった。
(無理っ! 絶対っ、無理~~っ!)
涙目で睨む私を掴まえると、楽しそうに壁に押し付けてきた。
(ぃ、いやっ、やだっ、・・・腰を撫でないでっ。やっ、お尻触っちゃ・・・、駄目ぇ~!)
どうしてこう、いつもいつもこの身体は簡単に煽られてしまうのだろうか。
「締めて調整したお陰で括れが一段と細くなったな。尻も肉付きが良くなったし。うん、そろそろ採寸させるか」
一人でブツブツと変なことを言い出して納得している。
(また何か余計な事をされるんじゃないだろうか。お願いっ、これ以上は止めてっ。夜だって、毎日ツライんだから・・・)
男言葉は駄目、女言葉、女言葉、と苦労している時にこれ以上変な行為を増やさないで欲しかった。

▲▲▲

学校が始まり、私は新入生、利貴さんは三年生に進級した。
毎日同じベッドで眠り ( 気絶が正しい) 、朝食も日々同じテーブルで差し向かいに嫌々摂っていた。
専属運転手によって一緒に高校へと送迎されているけれど、その度に厭らしい手が伸びてきて学校へ着く頃には顔は真っ赤になっていた。
羞恥で上を向けない状況に追い詰められては、呼吸を繰り返して何とか平静に戻ろうと頑張るしかない。
必死にお願いして窓を開けてもらえる時は頬を風で冷やした。
( 利貴さんの馬鹿~~。何で、こんな・・・ )
しないで、と言えば言うほどに楽しそうな利貴さんの様子に、学習した私は何も言うことが出来ないでいる。
そうして、意地悪している本人に頼み込むと、何とか学校の門から少し離れた場所で降ろしてもらうのだった。

初日、一緒に車から降りて登校したところ、教室に着くまで怖い目で女子に睨まれ、教室ではクラスメイトから質問攻めに遭った。
その日は学年に関係なく女生徒が現れては、じぃっと睨まれたり陰口を叩かれるという理不尽な目にも遭った。
(あぁ、もうっ。何でこんな目に~~)
帰りの車中で制服のスカートを捲り、私の下肢に手を伸ばしながら利貴さんが耳に囁いてきた。
「中々、楽しい目にあったようだな」
どう対処したのかと聞かれたので、こう答えた。
「偶然通りかかった生徒会長が、具合の悪い私を送ってくれた、って言いました」
たとえ、主人と玩具の関係であろうとも、一緒に住んでいることがバレたら・・・。
私のそんな気持ちを不快に思ったのか、利貴さんは不機嫌そうだ。
(あのねっ、私は貴方のファンじゃありませんから。嬉しく思わないんですっ。く~っ、言ってやりたいっ!!)
悪戯な指から逃れようと足掻きつつ、利貴さんの綺麗な横顔をバレないように睨みつけていた。


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