【 シーツの波の狭間で 】 初出-2010.10.20

一般人を自認する者なら、一人では絶対に訪れることのない一流ホテル。
最上階近くの一室を年間契約しているという男は、毎週末をここで過ごしていた。
ベッドにぐったりと横たわる少年を強引に呼び寄せ、気ままに身体を弄って楽しむ為に。

「出掛けてくる」
ある会社の専務をしているという須賀野は、これからまた会社へと戻り、仕事をするという。
「そこから一歩も出るな」
ベッドの上から動くなという命令に、僅か二時間の性交で動けないほどに消耗した僕は、男の方へと顔を巡らせると黙って頷いた。
須賀野は、いい子だと言うかのように目を細めた。
大きな掌で顎を掴むと、自然に上を向いた僕の唇を簡単に奪ってしまう。
ちゅぶっ、ちゅっ、んちゅっ。
「あふぅっ、んっ、んんっ。・・・ぅぁ~っ、んんっ、んっ」
重ねられた唇の隙間から零れ落ちる唾が顎下へと伝うのが恥ずかしい。

男の手が僕の腰に乗せられ、そろそろと指が双尻の狭間へと向かうのを感じた。
(い、いや! やだっ、もういやっ。許してっ・・・)
視線で須賀野に哀願するけれど、言葉だけで許してくれるような優しい男ではない。
キツイ眼差しで見返され、僕は慌てて目蓋を閉じてその視線から逃げ出した。
すると、叱るようにぬちゅぬちゃと口内を舌で舐められてしまい、苦しさに涙が滲み出てくる。
目前で静かに怒気を発する男が恐ろしい。
何とかして宥めようと、恐々とその長い舌に自分の舌を差し出てみる。
そっと開いた目が須賀野のそれと絡み合い、少しだけ気配が甘くなったことを知った。

須賀野の濡れた舌に巻き取られる自分の舌。
唇の粘膜が擦れ合い、剃ったばかりの髭の感触が気持ち悪くて、・・・気持ち良い。
二十五歳も年の離れている男は、父親よりも年上で。
そんな男と自分の関係は、誰がどう見ても愛人関係なのだろう。
実際、そうとしか言えないのだから仕方ないけれど。
くちゅっ、ぬちゅ。くちゅり。
「あふぅ、んっ、ん、んっ。・・・あぁ・・・、はぅ・・・んっ・・・」
執拗な口付けから逃れられない。いや、口付けだけじゃなく、もうこの男からは。
卑猥な音を鳴らして重なり合う唇。微かに鼻を擽る煙草の匂いにすら幻惑する。

男の長い指がようやく目的地へと辿り着き、僕の尻の狭間へ埋められている玩具を奥へと押し始めた。
「ふゅぎぃいい~っ、ぎぃひっ、ひ、ひっ、ひっ。ひぃ、いひゃぃ~っ、ひゅひぃいいいいい~~っ!」
何とかして離れようと身動くけれど、須賀野はいつものように気が済むまで奥へと入れ続ける。
「ひゅ、ひゅるひ、てぇ~っ。ふゃうっ~~、ふぐぅっ、ふぅ、ふぐぅ~~っ」
合わさった唇の隙間から悲鳴を溢し、必死に止めてくれるように許しを請うた。
ボロボロと涙を溢す僕をジっと見据え、ようやく指の動きが止まった。
それなのに、数回確かめるように尻の中で玩具を回されてしまい失神しそうになる。

全身が激しく震え、痺れるような疼きがジクジクと僕を蝕んでいくのが怖い。
「気持ち良いようだな」
歯裏を舌先で一本一本舐められ、それだけでイキたくなってしまう。けれども、紐で縛られた僕にはどうすることも出来ない。
男が再度、この部屋に戻ってくるまで、いや、戻って来たとしても、須賀野が満足するまで紐が解かれることはないだろう。
それまで、僕は地獄のようなこの快感を我慢しなければならないのだ。
「もう一度、こっちも虐めておこうか」
須賀野はそう言うと、僕のペニスを持ち上げるようにして尿道へと指を突き入れてきた。
「ひ、ひぎっ、ぎっ、いぎぃいいいいいいいいい~~~~っ!」
「気持ち良さそうだな」
痛みに叫んでいるのを知っているくせに須賀野の指が更に奥へと入って回されてしまった。
多分、その瞬間、僕は大声で叫んだに違いない。そう多分。
指が回される感触に背中に怖じ気が走ったのを覚えているのだから。
でも、そこまでしか記憶がないのだ。そしてそれは幸せなことなのだろう。


愛人の少年は、失神という名の数分間の楽園へ逃げてしまった。
濡れた頬に張り付いた髪を手で梳き、柔らかな唇にそっと口付けを施す。
時間に追われるように部屋を後にすると、玄関へと急ぎ足で向かった。
待機していた部下の車に乗り込み、会社へ到着すると、待ち構えたように案件を持った部下たちが私へと仕事を押し付けて来た。
確かに強引なスケジュール調整をしたのは認めよう。だが、これまでと変わらない仕事なのに、こんなに忙しかっただろうか。
たった二時間のセックスは物足りなくて、急ぎの仕事を片付けながらも、昌之のことを考えていた。
相手は少年で、しかも自分の愛人だというのに、何故、お預け状態で悶々としなければならないのか。
仕事が多少忙しくとも、これまでは苛立ちを覚えることはなかった。それもまた人生の楽しさだと思っていたからだ。
それなのに、まるで子供のように欲しい玩具を強請ってやまない自分自身に腹が立って仕方がなかった。
あの部屋に戻った時には、自分と同じように彼にも我慢を強いることを決めるほどに。
幾度も射精を我慢させたあげく、その次は必要以上に何度も強引に射精へと導いてやる。そんな情景が映像で浮かんでくる。
ボタボタと零れる涙で縋るように見つめてくる昌之に、身体だけでなく心も満足するだろう自分が可笑しかった。
その充足感が、更に昌之を追い詰め、逃げ場を奪うように囲い込むのだ。
こんな鬼のような男に捕らわれた昌之を哀れだと思う。
勿論、逃がしてやるつもりなど毛頭なかったが。



僕が、この愛人のような生活を強いられることになった原因。
それは、須賀野が持っているという倶楽部に、連日のように通っていた父親の借金の所為だった。
お目当ての女性が働いていたのだろう。かなりの散財をしていたらしい。
或る日、店の備品を壊し、働いている女性数人に怪我をさせてしまったという。
酒の勢いが切れた父親は、きっと顔を真っ青にさせて動揺しただろう。
元々、気が優しいだけの人間だったから。普段はとても静かな人だったのだ。

修理代に怪我の治療費、お店への迷惑料、払い切れない金額に泣き崩れても、相手が黙って許してくれる筈もない。
男の言うがまま、連行された事務所で借金を申し込み、長期間の返済をすることになったという。
利子だけの返済がやっとの父親に、須賀野は子供を働かせろと命令し、怯えた父親は僕を差し出すしかなかった。
都内に幾つもの店を構える男は、どうやらその中の一つで僕を売春させるつもりだったらしい。
働かせる前の味見だと僕を陵辱し、何故か気に入ったようだった。
理由など分からない。
この貧弱な身体? 怯えて逃げ出せない性格?
いくら考えても何一つ思いつかなかった。
それでも、須賀野が「飽きた」と告げるまで、僕はこの生活を続けるしかないのだろう。
そう、男なのに同じ男に抱かれ、今ではあの男の視線だけで身体が疼くようになっているのだから。


あの日、父親から呼び出され、一流ホテルでの待ち合わせに少しだけ気後れしながらも中へと入った。
見上げる程の高さがある吹き抜け。優雅に流れ落ちる滝水は、どういう仕掛けなのか色が次々に変わっていく。
煌びやかな内装と周囲の大人達の洗練された雰囲気に気後れし、僕は人の往来を邪魔しない壁の近くへと立った。
場違いな自分が恥ずかしく、洗い立てのシャツの裾をそっと下へと引っ張り皺を伸ばした。

誰もが僕を不審な目で見ているような気がして俯いて待っていると、やって来たのは父親ではなかった。
ホテルのロビーという場所は人が大勢行き来するだろうからと、父親に頼まれて目印に聖書を抱えていた。
その聖書に目をやり、やって来た男(須賀野)は僕の腕を取ってさっさとエレベーター乗り場へと向かってしまう。
引き摺られ、慌てて足を動かすけれど何が何やら全く分からない。
押し込まれるようにエレベーターに乗せられ、恐々と見上げると、無表情の男が僕を見下ろしていた。
顔、首、胸、そして腰から足へと、確かめるようにじっくりと。
何とも言えない嫌な気配に、エレベーターを止めようとボタンへ手を伸ばした。
そんな僕の手が男に捕らえられ、壁に押さえ付けられる。
「ギリギリ合格だな」
そう呟いた男は、僕に覆い被さると唇を強引に奪った。

目を見開いて驚く様が面白かったのか、少しだけ笑ったのが印象的だったのは、今も誰にも言えない秘密だ。
強姦した男を憎んでいるくせに、何て愚かなんだと自分でも思うのだから。
連れ込まれた一室で男に強姦され、その後も週末毎に抱かれてきた。
抵抗しようにも、卑猥な写真を何百枚も撮られており、逃げることも出来ない。
大学には須賀野の部下が迎えに来るし、帰りも自宅まで男の部下の運転する車に二人で乗っているしかないのだ。



彼を自分のモノにしてから数ヶ月。
どんなに多忙ではあっても、会議を除いて必ず昼過ぎにはホテルへと戻っていた。
未だに怯えて見つめてくる昌之に多少の苛立ちはあったものの、それでも毎週末の楽しみが出来たことで、仕事にも張り合いが出て来た気がする。
以前なら、馬車馬のように仕事に忙殺し、秘書や部下にまで残業を強いていたのだが、今ではそれすらも遠い過去になっていた。
部下たちも、どうやら彼との関係を歓迎しているらしく、数人ずつ交代で昌之を大学まで迎えに行っているようだった。
私に捕まった昌之を不憫に思ってはいても、助けるつもりはないのだろう。
確かに、今の私に昌之を与えることで仕事が順調に進む上、自分たちの休暇まで確保出来るのだから、現状を変える必要など感じる筈もない。

今日の午後も私をこのホテルへと送り届けた後、部下たちは昌之を迎えに車を走らせている。
一度も逃亡することのない昌之の大人しさを、彼らも気に入っているようだった。
表が普通の大会社の役員とすれば、裏の特殊な会社を経営するという二つの仕事が私にはあった。
その裏の仕事は、某特殊趣向の持ち主たちを喜ばせる倶楽部の経営だ。
私の部署の半分の社員は、裏の経営でも部下として働いてくれている。というか、実際は順序が逆だった。
大会社に入る頭脳と経歴も当然のように持っていたが、何より大事だったのは、表の会社で得た人脈やスキャンダルが裏にも役に立つと考えての入社だったようだ。
見た目よりも面倒な事が多く、実質そこを任せている部下たちは、どこか人間嫌いなところがあった。
一般人と結婚し、家庭を持っているのも、倶楽部のイザコザに嫌気を感じているのだろう。
同時に、人間の裏の顔が垣間見える仕事を面白がってはいるようだったが。

今日も、いつものように部下の車で昌之はホテルへと送られて来た。
逃亡する気概も抵抗する気力もないのだろう、時刻通りにホテルへ着いたようだ。
呼び鈴に応じて部屋の扉を開けると、すでに全てを諦めてしまった昌之は、無言で服を脱ぎ始める。
扉を開いたまま、私はその様子を黙って観察していた。
本当に逃げ出さないか、完全に私に服従しているのかを再確認する為に。

誰に見られるのか分からない廊下で、震えながら下着一枚になった昌之が、一度だけギュっと目を瞑ると、泣きそうに顔を歪ませて最後の一枚を脱ぎ捨てた。
それを確認した後、私は昌之に視線である事を命じると扉を閉めて部屋の中へと戻った。
一度、背後で大きな音がして扉が閉まった。そして、すぐに昌之が扉を開く音が聞こえてきて、私が唇を歪ませると同時に閉まる音がした。
次いで、ガサガサと袋を探る音がし、バサっと物が床に落とされる音が響いた。
注いでおいたワインを口に含み、ゆっくりと嚥下させていく。
この瞬間が、これから二日間の淫靡な交わりを告げる合図となっていた。

怯える身体をじっくりと弄り倒し、乳首だけを執拗に舐め続けると、泣いて他の場所を弄ってくれと懇願してくるのが可愛いと思う。
彼の乳首は大きく膨れて勃ち上がっていた。
女物のブラジャーを付けさせているのだが、乳首の部分だけが綺麗に切り取られており、実に卑猥な眺めだ。
「もう少し苛めたら、根元を紐で括って三点釣りしてやろう」
耳元にそう囁くと、昌之の身体がビクビクと面白いように揺れた。
涙で潤んだ目元。何か言いたくて言い出せない唇。
だが私は知っていた。昌之の身体は、私に苛められることを受け入れ、喜んでいることを。
揃いで用意した女物のパンティは、すでに昌之の出した精液でびしょ濡れだった。
刳り抜かれた穴から飛び出している昌之のペニスは完全に勃起しており、次の射精を待ち望むようにピタピタとパンティを叩いている。
今は見えないもう一つの穴。可愛らしい尻穴にズブっと差し込まれているアナルビーズにも感じているのだろう。
何度も何度も、シーツにその部分を押し付けて、自分から最奥へと押し込んでいるのだから。

無意識のその動きに気付いた時、昌之はどうするのか。
自分の淫らさを認め、本物の愛人のような媚態で私を虜にする彼が見たかった。
それでも、羞恥に悶える昌之を気に入っていたから、今の素直さは絶対に残しておきたい。
楽しい考えはいつまでも私の脳裏から消えそうになかった。
自分から積極的に動いて欲しがる、淫らで可愛い昌之をもっと苛めて楽しみたいと思うのだ。
年若い少年が、絶対に許せない相手に嫌々ながらも懇願することで涙を溢してくれたら、なお嬉しいのだが。
(いかんな。どうやら、疲れているらしい)
大人しくて素直な性格を気に入っているのに、時々、私は相手が壊れることを見てみたいと考えてしまう。
自分でも性格が悪いことは自覚していた。


震える唇は、欲しがるようにパクパクと開閉を繰り返している。
零れ落ちる涙は、とても綺麗だと素直に感じた。
まだまだ私のモノで貫くのは勿体ないと、シーツで脚を擦って必死に快感を殺そうと足掻く昌之を見下ろしていた。
その視線に気付いたのだろう。私と昌之の視線が交差した瞬間。
「ヒっ、ひぎっ、いやっ、いやっ! イっ、イっちゃ、イっちゃう! イっちゃうのぉおおお~~~!!」
ドビュ~~っと噴出した昌之の精液は、彼の腹に目掛けて飛び、その刺激に再度ビクビク震えた身体が海老のように反り返る。
足指が何度もシーツを擦り、まるでその快感がシーツの波で表現されているようだった。

最初の頃とは違って、自分でイクことを報告出来るようになった昌之に、もっともっと卑猥な言葉を教えてやりたい。
どんな仕草だろうと私は喜んで受け入れるだろう。
見た目は、仔猫のように大人しいだけの少年。
うねる背中のラインが美しく、つややかな嬌声は本物の女のようでゾクゾクする。
そして女以上に優しく妖しく、濃密に私を包み込んでくれる穴の持ち主、昌之。
誰よりも私の嗜虐心を満足させてくれる存在。
これからも、時間の許す限り、私は彼をたっぷり苛めて可愛がってやるつもりだ。



濡れた僕の唇は須賀野に甘噛みされ、ぷっくらと膨れていた。
その膨らみを何度も何度も長い舌で舐め続けられ、羞恥と興奮に息が上がる。
彼の片手は僕のペニスを優しく包み込み、射精に導くように妖しい手付きで撫で回している。
もう片方は、人差し指と中指を僕の尿道にズップリと差し込み、ズブズブと出し入れを繰り返していた。
胸が苦しくて堪らない。
けれど、もうこの心地よさに慣れてしまった僕は、もっとして、と自分から唇を押し付けることしか出来ないのだ。

やがて、離れていく互いの唇から繋がるように作られる、淫らに光る唾の糸。
それが視界に入り、僕の頬が真っ赤に染まっていくのを感じた。
(何ていやらしい。でも、・・・嬉しい)
僕の考えを見透かしたように須賀野は笑うと、ちゅっと軽く口付けをくれた。
その笑顔が、あの日と同じだと気付き、僕は羞恥に俯いたまま、胸がほんのりと熱くなるのだった。

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