『掌中の珠』 第弐話-初出2009.10.17
高校入学の二週間前だった。
迎えに来た車に僕は乗り込み、これら住み込む屋敷へと向かった。
不安しかないけれど、すでに両親は海外へ行ってしまったし、こうして車に乗ってしまった今、僕に何が出来るだろうか。
一時間近くが経った頃、車は信じられないほど大きな塀と門を潜り、庭園と呼んでもおかしくない緑溢れる自然の中を進んで行く。
大きくて怖い顔の犬や警備服を纏った厳つい男の人たちを何度も目撃し、ここは一体何なんだと目を丸くして凝視してしまった。
(お父さんもお母さんも、何度か行ったんなら教えてくれてもいいのに)
やがて、大きな三階建ての和風の屋敷が見えてきて、あそこか、と外観を記憶するように見回した。
それなのに、車はその屋敷を通り過ぎて行き、広大な敷地を更に奥へと走り続けた。
それから3~4分も経っただろうか、さっきより少しだけ小さい洋風の二階建ての屋敷前に車が止まった。
専用駐車場ではなく、外の車寄せに停まったようなので、車中からコソっと外を覗いてみると、数十歩も離れた場所に玄関への幅広の階段が7段作られていた。
扇を開いて逆さまにした形の階段というだけでも僕にはビックリなのに、その階段の両端に十数人、お揃いのお仕着せを着た使用人達が待ち構えていたのだ。
運転手さんがワザワザ降りてきて車の後部を通り、座席の扉を開けてくれる。
緊張に固まっていた僕が恐縮しながら車から降りた途端、階段の数十人の使用人が一斉にお辞儀をした。
深々と、乱れもなく。
「はぁっ?」
僕は驚いて思わず小さく声を出してしまった。
「あ、あのっ。あのっ、ですね。・・・僕はお客じゃなくて、その・・・」
さすがに、図々しくこの屋敷で働くことになった脅迫者の孫です、とは言えない。
もう知れ渡ってると思って覚悟していたんだけど。
(・・・ち、違った?)
目前の玄関にすら辿り着けない段階で一歩も動けなくなっていた。
(どうしよう。何で僕にお辞儀するわけ? ・・・えっと、何か手違いがあって、・・・僕、誰かと勘違いされてる?)
グルグルと悩んで立ち竦んでいたら、カチャっという音が上の方から聞こえてきた。
階段の一番上を顎を持ち上げるようにして見ると、二階に当たる場所に設けられた玄関の扉が開き、生徒会長が現れた。
(あれ、両扉が開いてるから誰かが開けたのかな?)
そんなどうでもいい事を考えている間に、階段を下りて彼がズンズンと近付いてくる。
相変わらず冷たい美貌の男性で、女性徒の人気を独占しているのが分かる。
颯爽と眼前に立ちはだかった生徒会長が僕に苛立ったように怒鳴った。
「遅い!」
そう言うと僕の左手首を引っ張り、躊躇なく屋敷の中へ連れて行こうとする。
「・・・あっ、あの」
階段を上る僕らに、いや生徒会長に使用人達が次々とお辞儀していくのが壮観だった。
現実逃避じゃなくて本当にこんな世界があるんだな、と感心するしかない。
絨毯の敷かれた長い廊下を進み、やがて広いホールへと辿り着いた。
何も言えないうちにズカズカと奥にまで入り込んでしまったようだ。
そこは二階の最奥に当たるようで、ダンスパーティでも開くのかというような開放的な空間だった。
綺麗な部屋だなぁと感心し、もっとじっくり見ようとしたけれど、生徒会長は一度も止まることなく僕の手を引いて広間の左端を歩いて行く。
部屋をグルリと囲っているのは、綺麗な流線で象られた繊細な金の手摺だ。
手を引かれたまま、ヒョイっと僕の肩の高さまである手摺の外を覗くと、下には細長い絨緞のひかれた廊下と幾つもの扉が見えた。
(嘘っ! この下に住居がある? ・・・てことは、えぇっ! この階は広間と通る時見えた二部屋続きの大きなリビングだけ?)
勿論、実際には他にも部屋があると後日教えてもらったのだけど、その時の僕には気付けなかった。
生徒会長が立ち止まり、下るぞと僕を振り返った。
ギュっと手を強く握り直され、導かれるままに螺旋階段を下りていく。
最後の階段を下りきると、左右へと長い廊下が伸びていた。
「右には客室が幾つかある。お前は左だ。・・・間違えるなよ」
僕を見ることなく前を向いたまま、そう告げる生徒会長。
「ぅ・・・。は、ぃ」
(使用人が客室と同じ階に部屋を貰えるの? 普通は別の階か別棟があるんじゃないの?)
疑問が湧くけれど、怒っているような生徒会長が怖くて聞き出せない。
左へと進む彼の後ろを引っ張られながら必死に付いて行く。
何度も手を離して欲しいと頼んだけれど、一度も返事は無く、汗ばむ掌が気持ち悪い。
ようやく彼の足が止まり、慌てて僕も歩みを止めた。
「突き当たりのここが俺の部屋だ。・・・で、お前の部屋でもある」
振り返りニヤっと人の悪い笑みを向けられ、身体がゾクっと震えた。
(・・・何?)
その意味が分かる前に強引に部屋の中へと引き摺り込まれていく。
「・・・あのっ・・・あのっ! う、うぅわぁああ~っ!」
僕の自室の何倍も広い部屋だった。
けれどそれに圧倒される暇もなく大きな本棚に囲まれた一画に連れ込まれ、ドンと置かれた巨大なベッドに突き倒されて悲鳴を上げた。
覆い被さってくる生徒会長が怖くて闇雲に抗い逃げようとするけれど、思ったよりも太くて鍛えられた腕に阻まれ、ふかふかの上等な布団に沈み込む羽目になった。
何で、何で、と意味が分からずパニックになっていた。
「いっ、いやだあぁ~。はなっ、離してっ! お願いっ、お願いだから・・・」
聞こえてる筈なのに、こんなに胸を、背中を叩いているのに一向に上から退いてはくれない。
「やだっ、やだよっ。怖いっ」
(・・・何が、何が起こって・・・。何で、何でっ、こんなっ。怖いっ!)
恐怖と焦りに襲われ滅茶苦茶に男の身体を叩き続けた。
しばらくは僕のそんな行為を無視していた男だったが、やがて言い聞かせるように話し掛けて来た。
「・・・暴れるな。嵯季人、お前が自分で選んだ。そうだろう? ・・・なら、今日からお前は俺のものだ」
そう傲慢に言い放つと、彼は恐怖に震えて動けない僕のシャツを一息に力任せに引き千切った。
▲▲▲
深夜遅くまで嬲られ続けて疲弊した僕は、翌朝遅く、ほぼ昼だという時刻になって目が覚めたらしい。
心も身体もボロボロの僕を置いたまま、彼の姿は何処にも見えなかった。
ホッとしている筈なのに、何故か悲しかった。
(そうだよね。・・・玩具だって・・・言われてたじゃないか)
涙が次から次へと流れ出すけれど、一度汚されたモノは元には戻らないのだ。
ボタボタと頬に涙が零れ落ちる。
悲しくて、悔しくて、両手を頬に当てて拭うけれど、その涙は一向に止まらなかった。
見っとも無い身体を見られるのが辛くて、彼に化け物だと嘲笑されるのが怖くて、全裸にされても抵抗し続けた。
けれど僕とは全く違う力強さに押し切られ、全てを見られてしまう。
まじまじと鋭い視線が秘所に当てられ、あぁ、もう駄目だと罵倒されるのを覚悟した。
(それなのに・・・)
不思議なことに彼は始めから知っていたとでもいうかのように、こう呟いたのだ。
「ふ~ん。こんな風になってるのか。女のアソコと同じだな」
ビックリして、僕はギュっと閉じていた目を思わず開いてしまった。
その目に映る光景は、・・・本当に感心している生徒会長の綺麗な顔だった。
(化け物だって、・・・お前はおかしいって笑わないの?)
「ぁ、の・・・」
彼の言葉の真意を確かめるべく問いかけようとした、その時。
「ひ、ひぎぃいいい~~~っ!」
まだ誰も、何も入ったことがない場所を、彼の二本の指で拡かれて僕は絶叫した。
「狭いな」
僕の悲鳴を無視し、そう呟いた彼は更に僕のソコを拡こうと指を動かしていく。
「ぃぎゃぁああああああっ! や、やっ、だっ。や、ぃやだぁああああああ~~~!」
幾度も指が抜き差しされては、中でグルっと回されて叫び声を上げる。
ようやく指が外され、はあっ、はあぁ~、っと必死に息を整える僕を、生徒会長はじっと見下ろし、次の標的に指を移動させていった。
そう、僕のお尻の穴に・・・。
毛布が外れ肩に冷たい空気が当たり、ハっと我に返った。
(やだ、やだっ! 思い出すなっ! 思い出すんじゃないっ!)
身体が寒さに震え、そっと毛布を引き寄せると肩を覆う。
その時になって、パジャマを着せられていることに初めて気付いた。
(どうして・・・。気絶した時は裸、だったのに)
布が直に肌に触れ、下着を付けていないことが分かった。
誰がやったのか考えたくもないけれど、身体は綺麗になっている。
少し湿った髪が入浴の後を伺わせ、ブルっと身体を震わせた。
(・・・まさか、ね。・・・だって・・・)
使用人の誰かに洗われたなら全てを見られただろうし、あの男が洗ったのなら知らない内に何かされたかも知れない。
どちらにしても恐怖しかなかった。
時計の針が正午を指し、カーンっ、と鐘が12回鳴って止まった。
しばらくして部屋の扉がノックされたので、はいっと小さく返事をする。
確実に聞こえない程小さな声だったけれど、扉が開くと黒スーツの男の人が入って来た。
40代くらいのがっちりした体格で背も高く、動作がキビキビしている。
(誰だろう?)
少し厳つい顔が、僕の顔を見てに穏やかな笑みを浮かべた。
寝たままは失礼だとベッドから身体を起こした僕に、彼は丁寧に自己紹介を始めた。
「この屋敷の管理を任されている、執事の狭桐と申します」
主人のベッドにいる新参者の使用人。
そんな僕を蔑むでもなく、哀れむでもない、穏やかで暖かい、その微笑。
(この物腰の低さは、僕を生徒会長の、その、ベッドの相手とでも思ってる?)
自分の考えに落ち込みはしたけれど、今は誤解を解かなくてはならない。
訂正しようと声を出し掛けた僕を制するように、狭桐さんは話を続けた。
「大変お疲れのところ恐縮ですが、若様より御伝言が御座います」
ピキっと自分の顔が引き攣るのが判った。
「本日、この部屋からは絶対に出ないようにとのことです。夕方には戻られるご予定になっておりますので、こちらで御一緒にお食事をお召しになるそうです」
穏やかな顔からは僕に対する感情の揺らぎは見受けられなかった。
「それまではゆっくりと身体を休めるように、と仰っていました」
僕の蒼白な顔に気付いただろうに、狭桐さんは何も言わず静かに戻って行った。
「欲しい物があれば、この後訪れるメイドに何でも御用意させます」
そう言い残して。
狭桐さんには申し訳ないことに、僕にその言葉は届いていなかった。
彼の、昨夜の光景が脳裏を過ぎり思考を支配していたからだ。
ズブっと大きなモノでお尻の穴を貫かれ、息も絶え絶えな僕に彼が囁いたのだ。
「明日から俺のコレに慣れるよう、毎日何度でも突き入れて拡げてやる。逃げたら家族がどうなるか。・・・分かってるよな?」
そう言って、僕の平らな胸にむしゃぶりつくように顔を埋め、乳首を嘗め回された。
入ったままの巨根が彼の口の動きと連動し、微妙な疼きを僕に齎す。
乳首を口に含んだまま視線を僕に向けてニヤっとする顔。
大きなモノで貫かれる感触が思い出され、バタっと背中からベッドに倒れ込んだ。
(うぅっ・・・)
毛布を引っ張って手繰り寄せ、頭から被った。
またも涙が零れて止まらなくなり、僕は広い部屋で一人泣き続けた。
午後一時を回った頃、グッタリとした僕を見舞いに一人の女性が訪れていた。
彼女は、生徒会長の一家を診る専属の医師で、代々仕えているのだという。
顔を見てすぐに、お年を召しているとはいえ、汚されたばかりの身体を診せるのは嫌だと首を横に振って診察を拒否したのだが、だめよ、と押し切られてしまった。
聴診器を当てられ、体調はどうかと聞いてくる。
優しい、柔らかな声で話し掛けてくるので、始めは緊張していた僕も徐々に慣れていった。
「今日からずっと、毎週火曜日と金曜日に医務室 (本家の屋敷) に詰めているから」
いつでもいらっしゃいね、と言ってくれる。
「必要ならカウンセリングもするから」
その言葉に、僕が誰に何をされたのか知ってるんだ、と気付いた。
(うぅう~~~。だから診せたくなかったのに・・・)
でも、この先生は僕を軽蔑の目で見ていないようだった。
(良かった。まだ、もう一つの秘密はバレてないみたい)
雇い主の子息が僕をベッドに引き込んだ、としか思っていないのだろう。
なら、この先何かあった時は心強い味方になってくれるかも知れない。
話しやすくて親しみが持てる人柄も好きになれそうだった。
(50代で二人の娘さんのお母さんというのも要因なのかな)
勿論、これがあの男の悪癖で、他の誰かを何人も家に連れ込んでいたら、訴えるのは逆に不利になってしまうだろう。
痛み止めをもらい、何か食べなきゃ駄目よと諭される。
心配げに帰って行った先生をベッドから見送ると、入れ違いに狭桐さんが軽食を持って来てくれた。
ベッドに小さなテーブルを備え付けながら、僕専属の世話係になる者を連れて来ていると教えられ、驚くしかない。
「あの、でも。・・・僕には、必要ないと・・・。です、から、・・・あの・・・」
最初に訪れた時もそうだったが、何かがおかしかった。
(だって、僕、あの人の玩具なんだよね? そういう存在なんだよね?)
俯き加減で断る僕をそのままにして、狭桐さんが部屋の入り口へと歩いて行く。
「入りなさい」
有能な執事らしい威厳のある声で誰かに命令する狭桐さん。
やがて、俯いたままの僕の前に女性の靴が見え、ノロノロと顔を上げた。
そこには優しそうな20代後半の女性が立ち、僕に微笑んでいる。
「初めまして。・・・戸張 美耶子といいます。今日から咲姫様にお仕えさせて頂きます。何でもおっしゃって下さいね」
仕草も声も可愛らしい人だった。
ちょっと戸惑っている僕に、狭桐さんがそっと教えてくれる。
「担当医師の戸張先生の娘さんです。次女の亜耶子さんは咲姫様と同じ高校の一年生になります」
目を見張る僕に、美耶子さんが朗らかに笑って言う。
「はい。妹は来週にでも一度お引き合わせ致しますね」
昨日から起こった出来事に疲れ切っていた僕は、次々に掛けられる優しい言葉に涙ぐみそうになった。
「ありがとうございます。・・・あの、狭桐さんも美耶子さんも、僕に様付けするのは変なので呼び捨てにしてください。お願いします」
ペコっとベッドの中からお辞儀した。
すると、慌てたように狭桐さんが言うのだ。
「とんでもありません。そんな事をしたら私が若様に叱られてしまいます。さあ、お疲れでしょうから、お休みになって下さい」
照明を小さくしますね、といつの間にか手にリモコンを持っている。
「皆の紹介と屋敷内の案内は明日以降に致しますので。・・・食器類はそのまま置いておいて下さい。後で彼女が取りに参ります」
そう言うと、二人はきっちりと礼をして部屋を出て行った。
知らず、はぁ、と息を吐いた。
(・・・何で様付け? ましてや、あの人が怒るわけないよ)
忘れようとしていた男の顔が浮かび、ブルブルと顔を振って消そうと足掻いた。
それと同時に。
さっきはスルーしてしまったけれど、二人が僕のことを咲姫と呼んでいたことに気付き、心臓の鼓動が激しくなっていく。
(彼は、生徒会長は、僕のことを咲姫と紹介してしまったんだ)
凌辱され、呆然としている時に、彼が楽しそうに僕に告げたことを思い出していた。
この屋敷に来る前に、彼の指示で僕の戸籍がイジられたことを。
そう、僕は女に性別を変えられてしまったのだ。
高校にも事情を話し、納得してもらっているという。
(僕の意思など、もう誰も聞いてはくれないんだ。僕は、・・・もう、彼の玩具なんだから。彼の決定に従わなくてはならないんだ)
急いでテーブルを足元へと押しやり、毛布を目元まで引き寄せる。
今は何も考えたくなかった。
高校入学の二週間前だった。
迎えに来た車に僕は乗り込み、これら住み込む屋敷へと向かった。
不安しかないけれど、すでに両親は海外へ行ってしまったし、こうして車に乗ってしまった今、僕に何が出来るだろうか。
一時間近くが経った頃、車は信じられないほど大きな塀と門を潜り、庭園と呼んでもおかしくない緑溢れる自然の中を進んで行く。
大きくて怖い顔の犬や警備服を纏った厳つい男の人たちを何度も目撃し、ここは一体何なんだと目を丸くして凝視してしまった。
(お父さんもお母さんも、何度か行ったんなら教えてくれてもいいのに)
やがて、大きな三階建ての和風の屋敷が見えてきて、あそこか、と外観を記憶するように見回した。
それなのに、車はその屋敷を通り過ぎて行き、広大な敷地を更に奥へと走り続けた。
それから3~4分も経っただろうか、さっきより少しだけ小さい洋風の二階建ての屋敷前に車が止まった。
専用駐車場ではなく、外の車寄せに停まったようなので、車中からコソっと外を覗いてみると、数十歩も離れた場所に玄関への幅広の階段が7段作られていた。
扇を開いて逆さまにした形の階段というだけでも僕にはビックリなのに、その階段の両端に十数人、お揃いのお仕着せを着た使用人達が待ち構えていたのだ。
運転手さんがワザワザ降りてきて車の後部を通り、座席の扉を開けてくれる。
緊張に固まっていた僕が恐縮しながら車から降りた途端、階段の数十人の使用人が一斉にお辞儀をした。
深々と、乱れもなく。
「はぁっ?」
僕は驚いて思わず小さく声を出してしまった。
「あ、あのっ。あのっ、ですね。・・・僕はお客じゃなくて、その・・・」
さすがに、図々しくこの屋敷で働くことになった脅迫者の孫です、とは言えない。
もう知れ渡ってると思って覚悟していたんだけど。
(・・・ち、違った?)
目前の玄関にすら辿り着けない段階で一歩も動けなくなっていた。
(どうしよう。何で僕にお辞儀するわけ? ・・・えっと、何か手違いがあって、・・・僕、誰かと勘違いされてる?)
グルグルと悩んで立ち竦んでいたら、カチャっという音が上の方から聞こえてきた。
階段の一番上を顎を持ち上げるようにして見ると、二階に当たる場所に設けられた玄関の扉が開き、生徒会長が現れた。
(あれ、両扉が開いてるから誰かが開けたのかな?)
そんなどうでもいい事を考えている間に、階段を下りて彼がズンズンと近付いてくる。
相変わらず冷たい美貌の男性で、女性徒の人気を独占しているのが分かる。
颯爽と眼前に立ちはだかった生徒会長が僕に苛立ったように怒鳴った。
「遅い!」
そう言うと僕の左手首を引っ張り、躊躇なく屋敷の中へ連れて行こうとする。
「・・・あっ、あの」
階段を上る僕らに、いや生徒会長に使用人達が次々とお辞儀していくのが壮観だった。
現実逃避じゃなくて本当にこんな世界があるんだな、と感心するしかない。
絨毯の敷かれた長い廊下を進み、やがて広いホールへと辿り着いた。
何も言えないうちにズカズカと奥にまで入り込んでしまったようだ。
そこは二階の最奥に当たるようで、ダンスパーティでも開くのかというような開放的な空間だった。
綺麗な部屋だなぁと感心し、もっとじっくり見ようとしたけれど、生徒会長は一度も止まることなく僕の手を引いて広間の左端を歩いて行く。
部屋をグルリと囲っているのは、綺麗な流線で象られた繊細な金の手摺だ。
手を引かれたまま、ヒョイっと僕の肩の高さまである手摺の外を覗くと、下には細長い絨緞のひかれた廊下と幾つもの扉が見えた。
(嘘っ! この下に住居がある? ・・・てことは、えぇっ! この階は広間と通る時見えた二部屋続きの大きなリビングだけ?)
勿論、実際には他にも部屋があると後日教えてもらったのだけど、その時の僕には気付けなかった。
生徒会長が立ち止まり、下るぞと僕を振り返った。
ギュっと手を強く握り直され、導かれるままに螺旋階段を下りていく。
最後の階段を下りきると、左右へと長い廊下が伸びていた。
「右には客室が幾つかある。お前は左だ。・・・間違えるなよ」
僕を見ることなく前を向いたまま、そう告げる生徒会長。
「ぅ・・・。は、ぃ」
(使用人が客室と同じ階に部屋を貰えるの? 普通は別の階か別棟があるんじゃないの?)
疑問が湧くけれど、怒っているような生徒会長が怖くて聞き出せない。
左へと進む彼の後ろを引っ張られながら必死に付いて行く。
何度も手を離して欲しいと頼んだけれど、一度も返事は無く、汗ばむ掌が気持ち悪い。
ようやく彼の足が止まり、慌てて僕も歩みを止めた。
「突き当たりのここが俺の部屋だ。・・・で、お前の部屋でもある」
振り返りニヤっと人の悪い笑みを向けられ、身体がゾクっと震えた。
(・・・何?)
その意味が分かる前に強引に部屋の中へと引き摺り込まれていく。
「・・・あのっ・・・あのっ! う、うぅわぁああ~っ!」
僕の自室の何倍も広い部屋だった。
けれどそれに圧倒される暇もなく大きな本棚に囲まれた一画に連れ込まれ、ドンと置かれた巨大なベッドに突き倒されて悲鳴を上げた。
覆い被さってくる生徒会長が怖くて闇雲に抗い逃げようとするけれど、思ったよりも太くて鍛えられた腕に阻まれ、ふかふかの上等な布団に沈み込む羽目になった。
何で、何で、と意味が分からずパニックになっていた。
「いっ、いやだあぁ~。はなっ、離してっ! お願いっ、お願いだから・・・」
聞こえてる筈なのに、こんなに胸を、背中を叩いているのに一向に上から退いてはくれない。
「やだっ、やだよっ。怖いっ」
(・・・何が、何が起こって・・・。何で、何でっ、こんなっ。怖いっ!)
恐怖と焦りに襲われ滅茶苦茶に男の身体を叩き続けた。
しばらくは僕のそんな行為を無視していた男だったが、やがて言い聞かせるように話し掛けて来た。
「・・・暴れるな。嵯季人、お前が自分で選んだ。そうだろう? ・・・なら、今日からお前は俺のものだ」
そう傲慢に言い放つと、彼は恐怖に震えて動けない僕のシャツを一息に力任せに引き千切った。
▲▲▲
深夜遅くまで嬲られ続けて疲弊した僕は、翌朝遅く、ほぼ昼だという時刻になって目が覚めたらしい。
心も身体もボロボロの僕を置いたまま、彼の姿は何処にも見えなかった。
ホッとしている筈なのに、何故か悲しかった。
(そうだよね。・・・玩具だって・・・言われてたじゃないか)
涙が次から次へと流れ出すけれど、一度汚されたモノは元には戻らないのだ。
ボタボタと頬に涙が零れ落ちる。
悲しくて、悔しくて、両手を頬に当てて拭うけれど、その涙は一向に止まらなかった。
見っとも無い身体を見られるのが辛くて、彼に化け物だと嘲笑されるのが怖くて、全裸にされても抵抗し続けた。
けれど僕とは全く違う力強さに押し切られ、全てを見られてしまう。
まじまじと鋭い視線が秘所に当てられ、あぁ、もう駄目だと罵倒されるのを覚悟した。
(それなのに・・・)
不思議なことに彼は始めから知っていたとでもいうかのように、こう呟いたのだ。
「ふ~ん。こんな風になってるのか。女のアソコと同じだな」
ビックリして、僕はギュっと閉じていた目を思わず開いてしまった。
その目に映る光景は、・・・本当に感心している生徒会長の綺麗な顔だった。
(化け物だって、・・・お前はおかしいって笑わないの?)
「ぁ、の・・・」
彼の言葉の真意を確かめるべく問いかけようとした、その時。
「ひ、ひぎぃいいい~~~っ!」
まだ誰も、何も入ったことがない場所を、彼の二本の指で拡かれて僕は絶叫した。
「狭いな」
僕の悲鳴を無視し、そう呟いた彼は更に僕のソコを拡こうと指を動かしていく。
「ぃぎゃぁああああああっ! や、やっ、だっ。や、ぃやだぁああああああ~~~!」
幾度も指が抜き差しされては、中でグルっと回されて叫び声を上げる。
ようやく指が外され、はあっ、はあぁ~、っと必死に息を整える僕を、生徒会長はじっと見下ろし、次の標的に指を移動させていった。
そう、僕のお尻の穴に・・・。
毛布が外れ肩に冷たい空気が当たり、ハっと我に返った。
(やだ、やだっ! 思い出すなっ! 思い出すんじゃないっ!)
身体が寒さに震え、そっと毛布を引き寄せると肩を覆う。
その時になって、パジャマを着せられていることに初めて気付いた。
(どうして・・・。気絶した時は裸、だったのに)
布が直に肌に触れ、下着を付けていないことが分かった。
誰がやったのか考えたくもないけれど、身体は綺麗になっている。
少し湿った髪が入浴の後を伺わせ、ブルっと身体を震わせた。
(・・・まさか、ね。・・・だって・・・)
使用人の誰かに洗われたなら全てを見られただろうし、あの男が洗ったのなら知らない内に何かされたかも知れない。
どちらにしても恐怖しかなかった。
時計の針が正午を指し、カーンっ、と鐘が12回鳴って止まった。
しばらくして部屋の扉がノックされたので、はいっと小さく返事をする。
確実に聞こえない程小さな声だったけれど、扉が開くと黒スーツの男の人が入って来た。
40代くらいのがっちりした体格で背も高く、動作がキビキビしている。
(誰だろう?)
少し厳つい顔が、僕の顔を見てに穏やかな笑みを浮かべた。
寝たままは失礼だとベッドから身体を起こした僕に、彼は丁寧に自己紹介を始めた。
「この屋敷の管理を任されている、執事の狭桐と申します」
主人のベッドにいる新参者の使用人。
そんな僕を蔑むでもなく、哀れむでもない、穏やかで暖かい、その微笑。
(この物腰の低さは、僕を生徒会長の、その、ベッドの相手とでも思ってる?)
自分の考えに落ち込みはしたけれど、今は誤解を解かなくてはならない。
訂正しようと声を出し掛けた僕を制するように、狭桐さんは話を続けた。
「大変お疲れのところ恐縮ですが、若様より御伝言が御座います」
ピキっと自分の顔が引き攣るのが判った。
「本日、この部屋からは絶対に出ないようにとのことです。夕方には戻られるご予定になっておりますので、こちらで御一緒にお食事をお召しになるそうです」
穏やかな顔からは僕に対する感情の揺らぎは見受けられなかった。
「それまではゆっくりと身体を休めるように、と仰っていました」
僕の蒼白な顔に気付いただろうに、狭桐さんは何も言わず静かに戻って行った。
「欲しい物があれば、この後訪れるメイドに何でも御用意させます」
そう言い残して。
狭桐さんには申し訳ないことに、僕にその言葉は届いていなかった。
彼の、昨夜の光景が脳裏を過ぎり思考を支配していたからだ。
ズブっと大きなモノでお尻の穴を貫かれ、息も絶え絶えな僕に彼が囁いたのだ。
「明日から俺のコレに慣れるよう、毎日何度でも突き入れて拡げてやる。逃げたら家族がどうなるか。・・・分かってるよな?」
そう言って、僕の平らな胸にむしゃぶりつくように顔を埋め、乳首を嘗め回された。
入ったままの巨根が彼の口の動きと連動し、微妙な疼きを僕に齎す。
乳首を口に含んだまま視線を僕に向けてニヤっとする顔。
大きなモノで貫かれる感触が思い出され、バタっと背中からベッドに倒れ込んだ。
(うぅっ・・・)
毛布を引っ張って手繰り寄せ、頭から被った。
またも涙が零れて止まらなくなり、僕は広い部屋で一人泣き続けた。
午後一時を回った頃、グッタリとした僕を見舞いに一人の女性が訪れていた。
彼女は、生徒会長の一家を診る専属の医師で、代々仕えているのだという。
顔を見てすぐに、お年を召しているとはいえ、汚されたばかりの身体を診せるのは嫌だと首を横に振って診察を拒否したのだが、だめよ、と押し切られてしまった。
聴診器を当てられ、体調はどうかと聞いてくる。
優しい、柔らかな声で話し掛けてくるので、始めは緊張していた僕も徐々に慣れていった。
「今日からずっと、毎週火曜日と金曜日に医務室 (本家の屋敷) に詰めているから」
いつでもいらっしゃいね、と言ってくれる。
「必要ならカウンセリングもするから」
その言葉に、僕が誰に何をされたのか知ってるんだ、と気付いた。
(うぅう~~~。だから診せたくなかったのに・・・)
でも、この先生は僕を軽蔑の目で見ていないようだった。
(良かった。まだ、もう一つの秘密はバレてないみたい)
雇い主の子息が僕をベッドに引き込んだ、としか思っていないのだろう。
なら、この先何かあった時は心強い味方になってくれるかも知れない。
話しやすくて親しみが持てる人柄も好きになれそうだった。
(50代で二人の娘さんのお母さんというのも要因なのかな)
勿論、これがあの男の悪癖で、他の誰かを何人も家に連れ込んでいたら、訴えるのは逆に不利になってしまうだろう。
痛み止めをもらい、何か食べなきゃ駄目よと諭される。
心配げに帰って行った先生をベッドから見送ると、入れ違いに狭桐さんが軽食を持って来てくれた。
ベッドに小さなテーブルを備え付けながら、僕専属の世話係になる者を連れて来ていると教えられ、驚くしかない。
「あの、でも。・・・僕には、必要ないと・・・。です、から、・・・あの・・・」
最初に訪れた時もそうだったが、何かがおかしかった。
(だって、僕、あの人の玩具なんだよね? そういう存在なんだよね?)
俯き加減で断る僕をそのままにして、狭桐さんが部屋の入り口へと歩いて行く。
「入りなさい」
有能な執事らしい威厳のある声で誰かに命令する狭桐さん。
やがて、俯いたままの僕の前に女性の靴が見え、ノロノロと顔を上げた。
そこには優しそうな20代後半の女性が立ち、僕に微笑んでいる。
「初めまして。・・・戸張 美耶子といいます。今日から咲姫様にお仕えさせて頂きます。何でもおっしゃって下さいね」
仕草も声も可愛らしい人だった。
ちょっと戸惑っている僕に、狭桐さんがそっと教えてくれる。
「担当医師の戸張先生の娘さんです。次女の亜耶子さんは咲姫様と同じ高校の一年生になります」
目を見張る僕に、美耶子さんが朗らかに笑って言う。
「はい。妹は来週にでも一度お引き合わせ致しますね」
昨日から起こった出来事に疲れ切っていた僕は、次々に掛けられる優しい言葉に涙ぐみそうになった。
「ありがとうございます。・・・あの、狭桐さんも美耶子さんも、僕に様付けするのは変なので呼び捨てにしてください。お願いします」
ペコっとベッドの中からお辞儀した。
すると、慌てたように狭桐さんが言うのだ。
「とんでもありません。そんな事をしたら私が若様に叱られてしまいます。さあ、お疲れでしょうから、お休みになって下さい」
照明を小さくしますね、といつの間にか手にリモコンを持っている。
「皆の紹介と屋敷内の案内は明日以降に致しますので。・・・食器類はそのまま置いておいて下さい。後で彼女が取りに参ります」
そう言うと、二人はきっちりと礼をして部屋を出て行った。
知らず、はぁ、と息を吐いた。
(・・・何で様付け? ましてや、あの人が怒るわけないよ)
忘れようとしていた男の顔が浮かび、ブルブルと顔を振って消そうと足掻いた。
それと同時に。
さっきはスルーしてしまったけれど、二人が僕のことを咲姫と呼んでいたことに気付き、心臓の鼓動が激しくなっていく。
(彼は、生徒会長は、僕のことを咲姫と紹介してしまったんだ)
凌辱され、呆然としている時に、彼が楽しそうに僕に告げたことを思い出していた。
この屋敷に来る前に、彼の指示で僕の戸籍がイジられたことを。
そう、僕は女に性別を変えられてしまったのだ。
高校にも事情を話し、納得してもらっているという。
(僕の意思など、もう誰も聞いてはくれないんだ。僕は、・・・もう、彼の玩具なんだから。彼の決定に従わなくてはならないんだ)
急いでテーブルを足元へと押しやり、毛布を目元まで引き寄せる。
今は何も考えたくなかった。
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