【 頑張れ、俺 】 初出-拍手お礼小説
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椅子を揺すっている女の所為で薄緑色の椅子がギシギシと軋んでいた。
その音が神経に障り、俺の書物をめくる手が時々止まるのだが、右隣は女を面白そうに見つめており、左隣は席を立って紅茶を入れ始めた。
「チっ」
舌打ちした俺に気付いたはずなのに、椅子を揺らす人物は最後の一枚を脱ぎ捨てていく。
ゆっくりと大胆に前を開きながら。
「脱ぐな」
今度はハッキリと言葉にして注意を促したというのに、やはり女の動きは止まらない。
椅子から立ち上がり、テーブルを回って俺の方へとやって来る。
全身タイツに身を包んだ女は、俺の幼馴染であり、友人の恋人だ。
「いいじゃない、セクシーで。……ほら、見てよ、ちゃんと。見えそうで見えないのに興奮するのが男ってものでしょ?」
普通の大学生なら羞恥心があるだろう。だが、俺の幼馴染にそんなものはない。
ましてや、この全身タイツが恋人からのプレゼントとあっては。
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元々、元気が良いを通り越し、自由奔放に生きてきた女だった。
それが、恋人にした男のせいで更に両親を嘆かせる性格へと変わっていった。
人数分の紅茶を入れた内木が微笑みながら全身タイツ、もとい、秋子に声を掛ける。
「秋、お茶にしようよ」
その言葉尻に被せるように、田口も秋子を招き寄せた。
「秋子、そろそろ信人から離れなさい」
「は~い」
二人への返事を一つで済ませると、秋子が大人しく元の席へと戻って行く。
(いや、だから服を着ろって)
あまりにも堂々としている三人。そして一人だけ常識に捕らわれ苛々する俺。
どうしてこんな奴らと放課後を過ごさなければならないのか。
この研究室に入って、もうすでに45分が経っていた。
俺は早く約束の時間が来ないかとジリジリしながら待ち続けるのだった。

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窓際に立って空を見る俺を置き去りに、有り得ない格好の秋子と友人二人は穏やかに言葉を交わしている。
「それにしても、思った以上に刺激的だなぁ。さすが秋だよね」
「確かに。秋子は何を着ても似合うからプレゼントした甲斐がある」
卑猥な衣装を着たまま椅子に座る秋子の上半身を眺めながら、男二人は自分の恋人を褒め称えていた。
変則的な恋人関係の三人のことは俺も諦めがついている。
それぞれの価値観で秋子を大切にしているし、俺の大事な友人たちなのだ。最後には認めるしかなかった。
(だが、何故、俺を、俺を毎回のように巻き込むんだっ、この三人は)
感情が表に出ていたのだろう、秋子が面白そうな顔を向けてくる。
それが何を意味しているのか、すぐに分かった。
俺に他人のアレコレを言う資格はない、と言いたいのだろう。
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実際、俺には彼ら以上に問題の恋人がいる。
25歳以上も年の離れた教授だ。それも男の。
三人の関係と違い、俺の恋人には妻子がある。
これも不倫に、なるのだろうか、やっぱり。
外で会うのは危険だから、研究室やホテルでしか会えない関係。
だから俺は誰にも知られないよう、必死で隠していたのだが。
(何でバレちゃうかなぁ、それも、こいつらに)
普通に、教授と学生として接していたというのに、この三人にあっさりとバレてしまったのだ。
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俺が恋人と大っぴらに会えない悩みを持っているように、この三人もまた悩みがあるようで。
「だってねぇ、両親ったら私にお見合いさせようってのよ。ちゃんとこうして立派な恋人が二人もいるってのに!」
心持ち嬉しそうに力説する秋子には悪いが、俺にはハァとしか言えないって。
その恋人たちもまた穏やかにぶっ飛んだ言葉で俺を脱力させようとするしさぁ。
「三人一緒に結婚したいんだけどさ、やっぱ片方しか夫にはなれないんだよ。ねぇ、どっちが夫になればいいと思う、信人?」
いや、俺には決めれませんって、そんな後々問題が起きそうなこと。
「祖父母から生前贈与された土地と家屋があるんだが、周囲が閉鎖的でね。やはり理解のある都会で暮らす為に売り払うべきかな」
俺に面倒な親戚筋の話をしてどうするっ。どうせ、切り捨てる気なんだろう、お前は。
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三人で上手くいっている関係を誰かに話したい、相談したいってのは分かる。
そして、それは他人に秘密を守れる人間でなければならない。
確かに俺はその条件にピッタリだろう。それは間違いない。
何といっても恋人のことを知られているのだから。
しか~し、だからって何で俺の前でイチャイチャするかな、こいつらは。
(しかも全身タイツって、有り得ないだろぉ?)
仲が良いのは嬉しいさ、俺だって。秋子は大事な幼馴染。内木と田口は高校からの親友だ。
これからも三人とは付き合っていきたいと思っている。
だが、ここで問題が一つ。
こいつらは、変な趣味が多すぎる。これまで秋子に送られたプレゼントを見てもそれは明らかだ。
適当に記念日を作っては秋子にコスプレさせているのだから。
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「へぇ、これを着たら別の人間になったような気がするのかい」
「そうなんですよ、教授。普段と違って大胆な女になれちゃうんですっ。それに、二人とも私の全身に舐めるような目を向けたり、女神を見るような視線になるんですよ」
ある日の午後、嬉しそうに話す秋子に頷いている自分の恋人を見つけ、俺は背中に悪寒が走った。
急いで傍に走り寄り、この時ばかりは人目を気にせずに二人を引き剥がした。
けれども俺の嫌な考えは当たってしまったようで。
それ以来、年上で理知的な恋人は、逢う度に俺にもコスプレを強要するようになってしまった。
しかも、家族の目があるからと自分では調達せず、俺に、この俺に通販させるのだ。
(有り得ない、有り得ないだろっ!)
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勿論、何度も何度も抵抗したさ、俺だって。
「イヤですっ、お願いだからやめて下さいっ」
「そんなに嫌かい? でも、この間のナース姿で弱々しく抵抗する信人は可愛かったよ。次は絶対に写真を撮ろうと考えているんだけどね」
ニコニコ笑顔の恋人が何故か恐ろしくて俺は最後まで拒絶出来なかった。
機嫌を損ねたら、駄々を捏ね過ぎたら、子供だと馬鹿にされて捨てられる気がして。
結局、俺は、こうやって三人から仲の良さを見せつけられながら、同じ趣味を持ってしまった恋人の訪れを待っている。
そう、今日だって久しぶりにゆっくり逢えるというのに、俺のバッグの中にはメイド服が入っているのだ。
(イヤだぁ~~。誰か助けてくれよぉ~~っ)
心の中で悲鳴を上げる俺を他所に盛り上がる室内。
その話し声の向こうに扉の開く音が聞こえた。
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