【 ソレを手にする為に 】 初出-拍手お礼小説
                                                                      
眼前を走り去って行く彼を、僕は黙っていつものように見送っていた。

彼は、入学した時から僕を完全に無視している。
最低限の必要以外は、話し掛けてくることもなかった。
上級生ならまだしも同級生なのに、馬鹿丁寧な口調でもって淡々と告げては去っていくのだ。
その事実に誰も気付いていなかった。
それはそうだろう。僕は平凡だから誰も大して注目していないのだ。
                               
初めは彼が何か怒っているのかと、入学式以来の出来事を振り返って考えたけれど、さっぱり思い当たることが無かった。
それでも、彼にとって自分は取るに足らない人間なんだと簡単に諦めるのは嫌だった。絶対に。
だって、そうだろう?
どこの誰が、他人から冷たくされて嬉しいと思えるというのか。
                    
                             
おおらかな彼の言動に惹かれて、多くの生徒が彼を見掛けると気安く声を掛けては、仲良さそうに楽しそうに喋っていく。
そんな光景が当たり前になった頃、僕は彼を見ると胸が苦しくて堪らない自分に気付いてしまった。
(どうしてっ。何で僕の前とは全然違うのっ!)
叫びたい気持ちを抑えて、彼らとは別方向へ逃げるように立ち去るしかない。
自分は悪くないというのに、何故だか僕はその場を去るしかないのだ。
(昔は、あんなに仲良しだったのに・・・)
今思うと、笑い話のような光景が目に鮮やかに浮かんでくる。
                                

幼稚園で手を繋ぎ、砂場で機関車を作った。
泥だらけになった僕を引っ張って、優しい彼は水道で手を洗ってくれたのだ。   
お遊戯で誰も僕に近寄って来ない中、いつも彼一人が僕に笑って手を差し伸べては、一緒にリズムを付けて踊り合った。                           
いつもいつも一緒に過ごしたのに。
誰よりも仲良しだったのに。                    

気まずくなったのは一度だけだ。
お遊戯の時間に手を取り合ってその場を離れると、ヒソヒソと内緒話を楽しんでいた。
両親や親戚の困ったところを、子供目線でなく、まるで教師のように溜息を吐きつつ彼が教えてくれたのだ。
彼の身振り手振りを交えた話は本当に面白かった。
だから、僕も自分の両親の失敗談を、同じように話したのだ。
ニッコリ笑ってくれる彼の様子を見て自信を持った僕は、つい優しい女の先生に同じことを喋ってしまった。
(どうしよう、内緒だったのに)
あとで後悔したけれど、そのまま放っておいた僕が悪いのは間違いない。
自分から内緒話を先生に教えた、と素直に言って謝れば良かったのに。
まさかそのことを先生が本人に話すなんて思わなかったのだ。

「僕たちだけの内緒だったのに……」
僕を睨むと、何故か彼は先生に怒って軽く突き飛ばしてしまった。
彼がそんな乱暴なことをしたのは、あの時一回きりだ。
確かに二人の内緒話を喋ったけれど、あくまで僕の家族のことをコソっと言っただけだったのに。
今でも、あれだけは意味が分らない。
何で僕じゃなくて、先生に怒りを見せたのだろう。
でも、そんなことがあった翌日には、僕らはまた楽しく園内を駆け回っていたのだ。      
だから、小学校に上がる前に転校した彼と、この高校で再会できて本当に嬉しかったのに。

口下手で気の利かない僕は、正直他人と上手く話せないことが多い。
それに加えて、少し視力が弱いだけなのでメガネを掛けることなく過ごしているのも、他人と距離が出来てしまう原因だろう。
誰と話す時でも、最初に人物を特定しようと目がキツくなるからだ。
特定の友人も出来ず、けれど不自由ではない学生生活の中で、彼の存在だけが僕に刺さる小さな棘になっていった。

そうして今日も、目前を風のように走り去っていく彼を、ただただ見つめ、気付かれないうちにその場を去るしか出来ないのだ。
(あぁ、どうして。どうしてこんなことになったんだろう・・・)
遠巻きでしか眺められない。
以前のように話せる日が訪れるのかさえ、今の僕には全く分らなかった。

▲▲▲

今日もアイツの視線を背中に感じた。
思わず嬉しくて笑いそうになるのを必死に抑える。
(まだだ。まだ足りない。もっともっと俺を欲しがらせなくては)            
頑固な祖父に強引に放り込まれた幼稚園。
吸血鬼の一族の末裔である俺は、何が楽しくて毎日通わなくてはならないのかと、幼心に憂鬱で堪らなかった。         
それなのに、風邪で入園が遅れたアイツをひと目みて、俺は祖父に感謝した。
(たまにはイイことするじゃんか、爺さん)
良い匂いをプンプンさせてアイツが俺の傍に座り込んだ瞬間、俺の脳裏には一番信じていない言葉が浮かび上がった。
(うんうん。そうだよな、人間は助け合いの精神が大事なんだよな)
自分に都合よく言葉を解釈した俺は、それからその幼稚園でアイツの周りに居る人間を排除していった。

目で睨み付けたり、ボソっと痛い言葉で脅したり。
アイツの傍に誰も寄らないように、威嚇し続けたのだ。
お陰で、アイツの周りには誰も近付くことがなくなり、俺は毎日が薔薇色で楽しくで仕方がなかった。
唯一、大好きな女の先生だからと、アイツが俺との内緒話をバラした時は、温厚な俺も少しだけ怒りに身体を震わせたけれど。
それでも、アイツを嫌いにはなれなかったし、何より怒りに任せて血を吸って下僕にするのはイヤだった。
どうせなら毎日アイツと仲良く過ごしたい、そう思っていたからだ。

俺は、下僕にするのではなくて、もっとこう、何ていうのか、対等になりたいと考えていたのだ。
アイツと楽しく過ごすようになってからずっと。
卒園し、祖父の命令で泣く泣く別の地に移動させられてからも、俺は常にどうやったらアイツと一緒に生きていけるのか模索し続けた。
大勢の親族や兄弟姉妹に血を吸う為の人間狩りの方法を教わることで、ようやく一つの方法を思いついたのは幸いだった。        
                               
早速、俺はアイツが入学する高校を調べて通うことにした。
近寄って匂いを嗅ぎたい、喋りたい。毎日笑い合いたい。
そんな気持ちを必死に抑える日々が始まった。
目論み通り、アイツは傷付き、俺を悲しそうな目で見つめてくる。
その視線に例えようもない程のゾクゾクする快感を味わう。
嬉しさに笑いが止まらず、次の日もその次の日もアイツを無視した。
縋るような視線が気持ちよくて堪らない。               
                               
欲しかった者に同じように、いやそれ以上に望まれる。その快感。
互いに欲しがる強さが同等ならば、俺がアイツの血を吸っても下僕にさせずに済むと知っていた。
だから、俺は明日も明後日もアイツを無視するだろう。
俺の激しい想いと重なり、いつか交じり合うことを願って。
幼稚園と同じく、この学校でもアイツに近付く奴には威嚇を繰り返していた。
アイツが他の誰も見ないように。誰もアイツを見ないように。
俺は俺の出来る方法でアイツを俺に縛りつけるのだ。

そう、アイツの心という、血よりも欲する最高のモノを手にする為に。


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